アイルランド妊娠中絶が国民投票で合法化:世界各国の状況

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Irish Abortion

Last Updated on 2018-05-27 by ラヴリー

アイルランドでは妊娠中絶を合法化するための改憲の是非を問う国民投票が5月25日に行われ、賛成派が勝利しました。カトリック教徒の多いアイルランドでは、これまで妊婦の命を救うため以外の中絶は憲法で禁止されていました。この条項を撤廃するべきだという声は以前から上がっていましたが、今回国民投票で賛成多数で決まったのです。世界のほかの国での妊娠中絶事情はどうなっているのでしょうか。


Contents

アイルランドの中絶事情

アイルランド憲法の第8修正条項は胎児には母親と同じ生きる権利があるとし、妊婦の命を救うためにどうしても必要な場合を除いて、中絶が禁止されています。1983年の国民投票で成立した第8修正条項には妊娠中絶は胎児に障害があることがすでに分かっている場合や強姦や近親相姦の場合でも適用されていました。

しかし、2012年に流産しかかっているのに病院から中絶を拒まれたインド系の妊婦が敗血症で亡くなるという事件が起き、中絶をめぐる議論が高まりました。その結果、2013年に母体の生命が危険にさらされている場合には中絶を許すべきだという一部合法化案がアイルランド下院で127対31の賛成多数で可決されました。それでもそれ以外のケースでは中絶が禁止されていることに変わりはありません。

アイルランドでは中絶が禁止されていることもあり、昔から子だくさんの家庭が多かったのですが、最近ではそういうわけでもありません。というのも、中絶が禁止されているからそうしないということにはならないのです。

人工妊娠中絶を希望するアイルランドの女性は隣国のイギリスに行ったりして中絶しています。もちろん、アイルランド当局には報告しないのでアイルランド側の記録には残りません。イギリス保健省の統計によると、2016年にイングランドとウェールズの病院で中絶手術を受けた女性のうち、3265人がアイルランド在住でした。

イギリスに渡航して自費で手術する費用を工面できない人はオンラインなどで入手した薬を飲んで中絶しようとする場合もあり、健康上の害も心配されます。

世界各国の中絶事情

日本では母体保護法により人工妊娠中絶が合法化されていて、その理由として下記が挙げられています。

  • 妊娠の継続または分娩が身体的経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれがある
  • 暴行や脅迫によって、抵抗や拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの

日本での人工妊娠中絶の件数は2016年の厚生労働省の発表によると年間168,015件となっており、この数は年々減少しています。これは少子化にもよりますが、ピルなどを使った避妊方法が広く普及しきているのが原因だとされています。1960年代日本の中絶件数は120万件近くあったそうで、堕胎天国とも言われていたそうです。

世界に目を向けると、宗教上の理由などから人工中絶を違法としている国はたくさんあります。

人工中絶を全面的に禁止している国はチリ、エルサルバドル、ニカラグア、ドミニカ共和国、バチカン市国など現在6ヶ国あります。これらの国では妊婦の命を救うために必要な場合でも妊娠中絶は認められません。

ほかに、例外はあれども中絶を基本的に違法としている国がアイルランドをはじめ10ヶ国以上あります。その多くは母体の生命が危険にさらされている場合に限って中絶を認めている国で、イラン、イラク、シリア、バングラディシュ、ミャンマー、フィリピン、スリランカ、などが挙げられます。

アイルランド社会の変化

イギリスを含むヨーロッパ諸国では日本のように「やむを得ない事情がある場合」中絶を許可しているところが多いのですが、アイルランドは保守的なカトリック教徒が多いため中絶はもちろん、避妊さえタブー視されてきました。ピルが合法化されたのも1985年です。

カトリック教会は、胎児は受精後直ちに人間になる存在であるとの見解を示し、中絶を例外なく殺人とみなしています。仮に様々な事情で親が育てられない場合は養子縁組をすることで中絶を避けるべきだという立場を主張しています。

ちなみに同じキリスト教でもプロテスタント(イギリス国教会など)は1960年後半以降、中絶を容認するプロチョイス(選択権)派と中絶に反対するプロライフ(生命尊重)派に分かれています。

このように妊娠中絶には反対してきたアイルランドですが、年々プロ・チョイスを主張する声が上がっており、社会にも変化の兆しが表れています。

国連人権委員会はアイルランドの中絶法は女性の人権を侵害するとの裁定を下し、法改正に取り組む必要を促しています。

アムネスティ・アイルランド支部が2016年に実施した世論調査では回答者の80%は女性に妊娠中絶を受ける権利があると考え、87%は中絶を受ける機会の拡大に賛成しています。

アイルランドで去年新しく就任したバラッカー首相は自ら同性愛者であることを認めているリベラル派です。首相はアイルランドの女性がイギリスへ行って中絶していることや、規制されていない薬などによる中絶が行われている状況を指摘し、こういう危険な状況が続くことはよくないとの見方を示しました。それで、憲法を変えるための国民投票を行うことになったのです。

国民投票

国民投票では妊娠12週間までの人口中絶を許可する、それ以降の中絶も妊婦の健康を害する場合や胎児が生存する望みがない場合に許されるという条件での、憲法改変の是非を問いました。

プロ・ライフの「胎児の生命を尊重する」とプロ・チョイスの「女性が子供を産むか産まないか選択する権利を尊重する」、どちらを選択するのかがアイルランド国民1人1人に問われたのです。

2005年には同性婚合法化についての国民投票で約6割が賛成したアイルランドでは性に関するリベラルな考えが浸透してきているといえますが、中絶については世論が分かれていました。

世論調査では当初、中絶条項撤廃賛成派(プロ・チョイス)が反対派(プロ・ライフ)を大きく上回っていました。2018年1月の時点では撤廃賛成が56%、反対が29%だったのですが、その後のキャンペーンで両派の勢力は拮抗していました。

この国民投票については両派がさまざまなキャンペーンを繰り広げていることで国際的にも話題となっています。外国からの広告がアイルランドの国民投票に影響を及ぼすことを懸念して最近ケンブリッジ・アナリティカスキャンダルで問題になっているフェイスブックはアイルランドの国民投票に関しての外国からの広告を禁止しました。グーグルに至ってはこの件についての広告を全面的に禁止しています。

プロ・ライフはイギリスの人気歌手エド・シーランの曲「Small Bump」を中絶合法化反対キャンペーンに使用していました。エド・シーランはこの曲をキャンペーンに使用することを自分は許可していない、この曲の意味が誤って解釈されていると言っています。この曲は妊娠5か月目で死産を経験した友人を思ってエド・シーランが書いた曲でした。

国民投票の結果

国民投票前の世論調査では両派が拮抗していましたが、蓋をあけてみるとYES(中絶合法化)派が66.4%、NO(中絶合法反対)派が33.6%と大きな差をあけた結果となりました。
NOがYESを上回ったのはドネガル(Donegal)州一つのみ、そこでも52%対48%という僅差でした。
YES派が多かったのは都市部で、ダブリンでは77%がYESでした。
投票率は64.51%と高く、人々の関心の高さが見受けられます。
というのも、選挙権はあっても仕事や勉強のためなどで海外に住むアイルランド人は在外投票ができなかったのです。

投票直前には世界中に住むアイルランド人が国民投票のために一時帰国する様子が#HometoVoteのハッシュタグなどと共に、ツイッターなどで拡散されていました。

イギリスはもちろん、ヨーロッパ各国やアメリカなどから帰国するアイルランド人がたくさんいて、投票日前日のフライトはそのために帰る人たちがたくさんいたようです。
(そして、そういう人たちはYES派です。)

イギリスの大学ではアイルランド人学生のために寄付を募ってアイルランドに投票しに帰国するための旅費を工面するところもありました。

また、個人的にも投票のための旅費を提供したり、自分は選挙権はないけれどもアイルランドに帰る予定の人がいたらロンドンの空港まで車で送りますというオファーがツイッターに現れたりして、アイルランド女性を応援する団結力を見せていました。

ちなみにYES派が来ているTシャツにある「REPEL」のスローガンは「撤廃」という意味で、憲法第8修正条項を撤廃するためのものです。

この投票の結果を受けて、法律の改正が進むことになり、今年中には妊娠中絶の合法化が実施される予定だということです。

まとめ

アイルランドはついこの間まではカトリック教会に支配される保守的な田舎の国でした。それがEUに加盟してからどんどんオープン、リベラルになってきました。
国民投票では同性愛者同士の結婚を認め、大統領はゲイであり、父親がインド人のバラッカーを選びました。

また、経済的にも大きく発展し、1人当たりのGDPは世界で5位にまでなっています。
EU諸国の中でも英語が通じ、ビジネスにフレンドリーな国としてフェイスブックをはじめとする大手企業も次々に進出してきています。
イギリスがEUを離脱したら、イギリスからアイルランドに脱出していくビジネスや人々も多くなりそうです。

これまでアイルランド人はイギリスやアメリカなど国外に職や生活の場を求めて出ていくことが少なくなかったのですが、これからはリベラルでフレンドリーな暮らし安い魅力的な国として自国民だけでなく外国人も住みたくなるところになりそうな予感がします。

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