サイトアイコン 【英国発】news from nowhere

米最高裁判事就任カバノーの性暴力疑惑をトランプが擁護

米連邦最高裁判事候補としてトランプ大統領が推しているブレット・カバノー判事に複数の女性が性暴力に遭ったとして疑惑が挙げられています。先日は告発者の1人である女性とカバノーが公聴会に出席し国内外から注目を浴びました。この疑惑はどうしてこんなに注目されるのでしょうか。米国における最高裁判事というのがどういうものなのか、カバノーの性暴力疑惑がどういったもので、アメリカにどういう影響を与えるのかを掘り下げてみたいと思います。(追記:カバノーは10月7日に最高裁判事に就任)


Contents

ブレット・カバノー:プロフィール

名前:Brett Kavanaugh ブレット・カバノー(キャヴァノー)
(日本語で「カバノー」と記載されるが実際の発音は「キャヴァノー」が近い)
生年月日:1965年2月12日(53歳)
出身校:イエール大学 Yale College
職業:ワシントン連邦控訴裁判所(高裁)判事
支持政党:共和党
家族:妻、娘2人

カバノーは首都ワシントン連邦控訴裁判所(高裁)判事。米国白人エリートの申し子のような経歴で、名門のプレップ男子校からイエール大学ロースクールに進み、卒業してからブッシュ政権下で最高裁判事助手を務め、2006年にブッシュ大統領に判事として指名されます。

過去には独立検察官助手としてビル・クリントン大統領の不倫疑惑を手掛けたこともあります。

2018年7月に、トランプ大統領から連邦最高裁判所判事候補6人のうちから選ばれて指名された保守派判事です。上院で過半数の支持が得られ次第、最高裁判事として承認されることになっていました。

最高裁判事とは

定員が9人の米連邦最高裁判事の人事が注目されるのは、判事が持つ力が強大な上に任期が終身制であるためです。政治家と違って選挙もなく、議会による弾劾、病気や死亡、本人の希望がない限り一生安泰なのです。今53歳のカバノーなら順調にいけば将来30年以上にわたり米国の重要政策に影響を及ぼすということになります。

2018年7月に、最高裁判事9人の1人、中道保守派のケネディ判事が高齢のため自発的に引退しました。残り8人は保守派(共和党)とリベラル派(民主党)が4人ずつ。ケネディ判事は保守とはいえ中道に近く、時にはリベラル寄りの意見を表明していたためにこれまで判事の決定にバランスが保たれていました。その穴を埋めるのに、トランプが推すごりごりの保守派判事が指名されるとなると最高裁は保守に傾き、憲法上の重要な政策決定に大きな影響が出てきます。

たとえば、移民問題、死刑、表現の自由、環境、経済政策、安全保障、健康保険や医療制度、人口妊娠中絶、同性婚、銃規制、プライバシーなど、人権、価値観、生命に関わる幅広い問題についての判断が最高裁に委ねられているのです。米国の良識をつかさどる法曹界の最重要人事と言ってもいいでしょう。カバノーは銃規制に懐疑的で銃所持の自由を支持し、人工妊娠中絶の権利に疑念を呈していることで知られており、こうした政策に影響を及ぼすのではないかとする声もあります。

最高裁判事は法案を無効にしたり、連邦政府と州政府の見解が異なる際の判断、時と場合によっては大統領の権力をも制限することができる強い力があります。ということは、もし次期選挙で民主党大統領が誕生したとしても、任期のない判事は大統領の意向に反する判断をすることもあるということです。それだけ重要な人事であるため、判事になるものには業務を滞りなく行う能力や経験だけでなく、公正で清廉潔白な人柄まで求められるのです。

カバノーの性暴力疑惑と告発

判事候補となったカバノーにはこれまで3人の女性が性的暴行を受けたと名乗り出ています。最初に被害を告発したクリスティーン・ブラジー・フォード教授は大学で心理学を教える51歳。36年前当時17歳のカバノーと15歳のフォードが、ワシントン郊外の住宅地で行われたパーティーでの性暴行を供述しました。カバノーとその友人マーク・ジャッジが共にフォードを2階の寝室に連れ込み、ベッドに押し倒して服を脱がそうとした上、助けを求めようとした口をふさいだとフォード教授は証言しています。

他にも、イエール大学の同級生であるデボラ・ラミレスが1980年代に大学寮のパーティーでカバノーが性器を露出しラミレスの顔にこすりつけたことを告発。

さらに、3人目の女性、ジュリー・スウェニトクが1982年にカバノーが参加していたパーティーで複数の男子学生に強姦されたと名乗り出ました。カバノーとマーク・ジャッジがハウスパーティーで酔って女性に性暴行を働いたことを告発。この頃、女性の飲み物に薬を入れて意識不明にさせた上で複数の学生が強姦することが横行していて、自分もその被害に遭った言い、カバノーもその一人であったとしています。

カバノーはこの3件の告発について、すべて事実無根だと否定しています。

公聴会で告発者フォード教授が証言


2018年9月27日に行われた公聴会でカバノーとクリスティーン・フォード教授の証言が行われました。フォード教授は「私はここに来たいから来ているわけではありません。本当は怖くてたまらないのです。でも、ほんとうのことを話すのが市民としての義務だと思ったので勇気を出してきました。」と証言を始めました。

フォード教授は公聴会で36年前の体験を証言し、その後もこのトラウマに長年苦しんだこと、このことについて夫やセラピストに話すことができるようになったのはつい5年前だということを、落ち着いた口調で語りました。時には苦渋に満ちた表情で、それでも取り乱すこともなく淡々と話す証言には説得力がありました。その後の質問にもそれぞれ真摯に向き合い、できる限り正直に答えていました。

それとは対照的に、そのあとに行われたカバノーの供述は感情的で独りよがりなものに聞こえました。冒頭から一連の騒ぎは民主党の陰謀だと決めつけ、自分の名誉が汚され、家族に被害を及ぼし、自分こそが被害者であると時には涙ぐんで感情的に語りました。

その後の質問もはぐらかしたり、答えようとしない場面があり、特に女性議員に対して質問を遮ったり、失礼な態度で接するのが目につきました。この証言を見た人からも「フォード教授の真摯な供述に比べ、カバノーの証言は自分をかばおうとするあまり質問をはぐらかしていて、何かやましいことがあるのではないかと勘繰ってしまうのは避けられない。」というような感想が相次いでいました。

性暴力被害を受けた女性たちの共感

この公聴会は米国中で皆が張り付いて報道を観ていたようで、その関心の高さは異常というほどでした。特に女性にとっては自身の性暴力やセクハラ、パワハラ被害の経験とあいまってフォード教授の証言を見て心を動かされた人が多かったようです。「We Believe You」などフォード教授の言うことを信じるというスローガンを手に書いたり、掲げたりしたたくさんの女性が公聴会が行われる建物の外に集まってフォード教授を応援しているのが印象的でした。

また、カバノー承認のカギを握るとされたフレイク議員は上院のエレベーターに乗るところを、一般女性2人に止められ抗議の声を聞かされました。自らが受けた性暴行被害を語り、正しい判断をするように要望する女性の様子はビデオにおさめられています。

この抗議に心を動かされたのか、フレイク議員はカバノーの承認投票を行う前に1週間の期限付きでFBIの操作を行うことを提案しました。

カバノーの母校であるイエール大学法学部の教授らも同様に、FBIの操作を望む公開書簡を送っています。さらに、カバノー判事を支持していた全米弁護士協会(American Bar Association)も公聴会の後、異例の公開書簡で、この件に関してFBIの捜査を要望しています。

FBI調査とトランプのカバノー擁護

その後トランプ大統領の承認も得られ、カバノーとフォードとの事件について、FBI(米連邦捜査局)の捜査が行われました。1週間の期限だったのですが、その期限を待たず、結果は10月4日に発表されました。調査結果の内容は公表されていませんが、疑惑を裏付ける証拠が見つからなかったと報じられています。

この報告について、民主党議員からはFBIの調査は不十分だという声が出ています。FBIはカバノー本人にもフォード教授にも聴取していないということです。これについてホワイトハウスから何らかの指示があったのかどうかは明らかにされていません。

トランプ大統領は11月6日に予定されている中間選挙の前に、保守派の判事を承認したいという考えがあるのでしょう。カバノーを擁護する発言を何度も繰り返していて、フォード教授の証言についても疑問を呈しています。

「フォードへの暴行がそれほどひどかったのなら、彼女かその両親がすぐに地元警察に被害届を出していたはずだ。事件の日付、時間、場所がわかるよう、その被害届を提出してもらいたい。」とツイートしています。


そして、カバノーについては「英知のある立派な男だ。我が国は彼と共にずっと歩いていく。」と述べています。また、スピーチで米国民に「実績のある優秀な人物が大昔のいわれのない性犯罪に一生を台無しにされることがあってもいいのか。もし、これがあなた自身の息子や夫であったらどうでしょうか。そんなことは許されるべきではない。」と訴えました。

フォード教授の証言の後、多くの女性が彼女に共感するという声をあげましたが、共和党のトランプ支持の女性たちにとってはフォード教授よりもトランプの声の方が響いたようです。共和党支持の女性は圧倒的にカバノーを支持しているのです。

下のグラフは共和党支持の女性がカバノーを支持する(赤)、わからない(黄緑)、支持しない(青)割合の変化を示したものです。カバノーを支持する女性の確率はずっと高いままで、フォード教授が公聴会で証言をした後もその確率が上がっていることが分かります。そのあとで「支持しない」も少し上がっているのは、フォード教授の証言を聞いて彼女の告発を信じる女性が少数はいたからかもしれません。

彼女たちは自分の息子や夫が「いわれのない」罪をかぶせられ一生を棒に振ることになることを想像してぞっとしているのでしょうか、そのためなら被害を受けた女性は黙っておくべきだと思っているのでしょうか。彼女たちにとってはフォード教授に起きたことは「たわいのない」「よくある」若者の経験であって、大人ならそんなことは忘れて生きていくべきだと思っているのかもしれません。

#MeToo運動によって女性が過去の性暴行を告発していく中、リベラルな民主党支持の人達がそれを歓迎する一方で、#MeTooは行き過ぎではないかと感じる保守層もいるのです。その層にトランプは訴えていて、それに共感する人たちがたくさんいるということです。それは何も過去にやましい記憶がある男性だけでなく、そういった男性の妻であったり母であったりするわけです。ツイッターで炎上した#HimTooの話もこの一例です。

30年前の愚行について罪があるか

最近になって米国を始め#MeToo運動が活発になってきて、性暴力やセクハラに対して声を上げるべきだということが受け入れられてきましたが、それはほんの最近のことです。30年前は米国でさえそういうことを口にするのはタブーであり、男性が女性に対して「気軽に」性的行動を強要することがまかり通っていたのです。

カバノーが10代の学生だった時、パーティーで若者が酒に酔って女性に性暴行をすることはよくあることであり、女性はこれまでそのことについて荒立てて批判してこなかったということなのでしょう。そのことは暗黙の了解として男性同士ウィンクして紳士の秘密とする類の出来事だったのです。被害を受けた女性にとって精神的に大きなダメージがある場合でも、これまでそのことは女性の胸の内にしまっておかれたのです。それが最近になって公にしてもいいのだという機運が女性の間に広がり告発されるようになってきました。

このことは、世の中のモラルが変遷する中、今の基準で過去を裁くことができるのかという問題を投げかけています。特に10代という、社会に出る前に犯した愚行について30年たった今でも責められるべきなのかということ。この場合もしこれが一般人のことであれば、ことさらに追求せずに終わってしまうのではないしょうか。ただ、カバノーの場合、米国の最高裁判事となる人選、それも任期が終身制であるということが大きく問題になっていると言えます。

カバノー最高裁判事承認

FBIの捜査の結果、カバノーがフォードに性暴行をしたのかどうか、確固とした証拠はないということになり、法律上では彼には何も非がないということになりました。それにもかかわらず、彼が公聴会で見せた姿を見て、カバノーは米国で最も強力な裁判所の判事に求められる冷静さ、客観性、高潔、公正といった資質が見られないと感じる人は少なくなかったようです。

カバノーが最高裁判事を終身で務めるのにふさわしい人間ではないと指名承認に反対する人が10月4日に多数デモを行いました。首都ワシントンの連邦議事堂で行われたデモの参加者のうち302人が警官隊によって拘束される事態となり、その中にはコメディアンのエイミー・シューマーもいたということです。

そんな中、10月6日に連邦上院でカバノーの最高裁判事就任が承認されました。上院議員100人のうち、50人が賛成、48人が反対という拮抗した結果となりました。カバノー氏は宣誓式を経て就任しました。

これで、米最高裁は保守派の多数が確定しました。残りの判事もリベラル派は80代が2人とかなり高齢なので、長い目で見ても保守派が台頭していくとみられます。妊娠中絶、LGBTや移民など少数派の権利縮小、銃規制の容認化などの政策に影響があるのではないかと思われます。

まとめ

カバノーの性暴行疑惑に関する一連の出来事は米国政治の問題だけにどどまらず、さまざまな問題提起をしています。エリート男性の政治的野心や出世欲とそれをお互いに守ろうとする「かばいあい」の文化、それを擁護する保守派の男性・女性の支持、男性の「愚行」や酔いにまかせた悪事は見逃されるが、女性には「お行儀」を強要するダブル・スタンダード、性被害やセクハラを受けた被害者が声を上げにくい社会など、遠くアメリカで起こっている政治の問題だけに収まりません。

さまざまな形での男女差別、社会に根付いた古い慣習を覆すのがいかに難しいか、性被害に遭う被害者をどのように支援し声を上げることができるような社会にしていくべきかなど、日本で暮らす日本人男性女性共に考えていかなければならない問題がここにはたくさん潜んでいるのではないでしょうか。

(敬称略)

モバイルバージョンを終了