6月30日にイギリスのエイムズベリーで意識不明で発見された男女は神経剤「ノビチョク」に浴びていたと発表されました。7月8日には1人が死亡と発表。ノビチョクは今年3月に元ロシアスパイのスクリパリ親子が浴びていたのと同じものです。スクリパリ事件と関係があるのでしょうか、また被害者はどんな人たちでどうしてノビチョクの被害にあったのでしょうか。加えて、ノビチョクとはどんな神経剤なのか、その種類や毒性、作り方を調べてみました。
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スクリパリ事件とは
2018年3月4日ソールズベリーで起こった元ロシアスパイスクリパリ親子の襲撃は、イギリスに大きな衝撃をもたらしました。
イギリス南部の平和な町、ソールズベリー(Salisbury)の中心街でロシアの元スパイであるセルゲイ・スクリパリ(66)とその娘ユリア・スクリパリ(33)が意識不明で発見され、その後2人はノビチョクという神経剤を浴びていたということが判明したのです。
セルゲイ・スクリパリとその娘ユリアはソールズベリーで静かに暮らしていたときに、襲撃されたのですが、これはイギリス当局に暗殺未遂事件として扱われています。
ノビチョクはロシアで開発され製造されている神経剤であり、イギリス政府はロシア政府が関与しているとしてロシアのプーチンを非難しています。このため、イギリス政府は報復としてロシアの外交官23人を追放しました。
一方ロシア側は事実無根だと事件への関与を否定し、報復措置としてロシア駐在英外交官を23人国外追放しました。ロシアのラブロフ外相はこの事件について「イギリスは自分でスクリパリを殺そうとしてその罪をロシアになすりつけた」とまで言っています。
事件直後危篤状態が続いていたスクリパリ父娘は生存は難しいと思われていましたが、その後ソールズベリー病院での懸命な集中治療のおかげで危険な状態からは回復。ユリア・スクリパリは4月9日に父親は5月18日にそれぞれ退院しています。
ユリア・スクリパリは退院後5月23日にビデオによる声明に登場して回復後の姿を公に公開しています。
その後2人がどこで暮らしているのかなどの情報は公表されていません。
スクリパリ父娘が事件に遭遇した時、駆け付けた救急隊員や近くにいた一般人がノビチョク暴露の有無を検査され、警察官が入院しましたが、その後すぐに退院しました。ソールズベリーでは危険とされた地域の除染を行い、およそ500人の一般人に所有物の洗浄をするように勧告がありました。
けれども、スクリパリ父娘がどこでどのようにノビチョクに接触したのかということは正確には公表されていないままです。
今回ノビチョクを浴びた2人とは
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「被害にあった男女が発見されたエイムズベリーの住宅街」
スクリパリ親子の暗殺未遂事件直後はソールズベリーに限らずイギリス中で同様の事件の再発が懸念されていましたが、その後このような事件はおこっていませんでした。それが、4か月後の今、また同じ神経剤による被害者が出たことで、イギリス中に衝撃が走っています。
今回、ノビチョクを浴びて重体となった2人はスクリパリ父娘とは状況がかなり違います。まず、2人ともイギリス人であり、普通の地元住民です。
2人がノビチョクによって重体になったと発表すると同時に名前や年齢などの情報も発表されました。
ドーン・スタージェス(Dawn Sturgess 44歳)という女性とチャールズ・ローリー(Charles Rowley 45歳)という男性で、顔写真も公表されていますが、普通の中年イギリス人です。
2人はスクリパリ父娘が入院していたソールズベリー病院に運び込まれました。このうち、3児の母であるドーン・スタージェスが7月8日に亡くなったと発表されました。
同じくソールズベリー病院に運び込まれた男性は重体のままです。
2人は命を狙われるような職にもついていないし、それが疑われるような過去も形跡もないそうです。
どこでどうやって
それではこの2人はどこでどのようにノビチョクにさらされたのでしょうか。
これについては警察が捜査中で、今のところはその接触経路については発表されていません。7月9日に発表された情報によると、2人が被害を受けたノビチョクはスクリパリ父娘が接触したものと同じ製造工程からの物で、何らかの容器に入っていたということです。
2人が発見されたのはエイムズベリーにある自宅内です。
エイムズベリーはスクリパリ父娘が襲撃されたソールズベリーから12キロほど離れた小さな街。
この街の静かな住宅街で2人は発見されました。
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「2人が発見されたエイムズベリーの自宅」
はじめ、女性が倒れたという通報で救急医療チームが自宅住所に赴いて病院に搬送。その後しばらくして同じ場所で男性も倒れたとの報告があり改めて医療チームが駆け付けたのだそうです。
当初は汚染された麻薬を使用したのではないかとみられていたが、検体が分析に回された結果、ノビチョクが検出されたということです。
2人が倒れた自宅でノビチョクに接触したのかどうかなどは特定されていません。
警察では約100人の捜査員を動員してノビチョク接触経緯の特定を操作していますが、今のところこの2人がスクリパリ父娘の事件現場に立ち寄った形跡はないということです。
二つの事件の関係は
ロンドン警視庁のテロ対策部門幹部はこの二つの事件が関連している可能性を視野に入れて調べています。
この2人が殺害する意図をもってノビチョクの被害に遭ったとは考えられていません。
警察の発表によると「彼らが標的にされたことを示す証拠は何一つ見つかっていない。」ということです。
同様にジャヴィド内務大臣も「スクリパリ父子の暗殺未遂事件に続く襲撃ではなく、偶然起きたものだと考えている」と述べています。
ノビチョク神経剤とはどういうものか
この二つの事件に使われたノビチョクとはどんなものなのでしょうか。
名前と開発経緯
ノビチョク(Novichok)は神経剤の一種で、ロシア語で новичок 「新参者」という意味。
ソビエト連邦/ロシアが1071年から1993年にかけて軍用に開発したものです。
ソビエト社会主義共和国連邦のコードネーム「フォリアント」計画の一画として開発されたものですが、戦場で使用されたことはありません。
ノビチョクには4種類があり、いずれもロシアでしか手に入らないとされています。
形態
ノビチョクはさまざまな形態で存在します。液体、個体(粉末)、超微粒子などの形で製造が可能なのです。
このため、一言でノビチョクと言っても様々な形態、種類のものが存在し、「A-232」などのコード番号で識別されています。
ノビチョクは砲弾、爆弾、ミサイル、噴霧装置などの装置に使用でき、液体、エアロゾル、ガスとして散布することができます。
スクリパリ父娘や2人に接近した警察官が接触したノビチョクがどのような形態であったのか、彼らがどのような方法でノビチョクを浴びたのか、詳細は公表されていません。探偵によるとノビチョクはスクリパリ父娘の住む家の玄関ドアノブに残された可能性が高いとしています。
毒性
ノビチョクの毒性はきわめて危険であり、北朝鮮の金正男暗殺に使用されたVXガスに比べて5~8倍、ソマンの10倍以上の致死性があるとされています。
ノビチョクは口から体内に摂取するだけでなく、皮膚に触れただけでも危険であり、その効果を発揮するのには少量しか必要としません。
症状が現れるまでに30秒から数分しかかからないという即効性もあります。
ノビチョクは神経組織や筋肉などに含まれているアセチルコリンエステラーゼ(acetylcholiinesterase)という酵素を阻害し、ほかの神経剤と同様の症状を引き起こします。それには、呼吸困難、心拍低下、昏睡、けいれん、下痢などがあり、生命に危険があるとされます。
また、ノビチョクの中には一般的に使われるアトロピンなどの解毒剤に抵抗するような特性を持つものもあり、これにさらされた場合の治療もきわめて難しいそうです。開発に携わった専門家によると「ノビチョクには解毒剤がない」と言われています。
またノビチョクの毒性は神経損傷を引き起こすため、生き延びたとしても犠牲者に永久的な損害をもたらす可能性があります。
モスクワで開発に携わっていた科学者が事故でノビチョクに接触したことがあります。その時この科学者は一命はとりとめたものの、10日意識不明となりました。回復してからも寝たきりのまま治療を受けていましたが、重度の身体障害におちいり、その後回復することなく5年後に死亡したそうです。
ノビチョクは誰でも製造、使用できるのか
ロシアによるとノビチョクは1992年に製造が中止され、保存されていたものは2017年にすべて処分されたと言っています。
しかし、ロシアでノビチョクの開発に携わったことがあるという専門家によると、製造方法についての情報さえあればどこでも専門の化学者によって製造することは可能で、ノビチョクの製造方法を知るロシア人は数十人いるということです。
その製造方法は明らかにされておらず、さまざまな憶測がされていますが、一般にはわかっていません。化学式一つにしても、下記のように複数の可能性があげられています。
イギリスの二つの事件で使用されたノビチョクがロシアからイギリスに何らかの形で持ち込まれたものなのか、イギリス内で製造されたものなのかは公表されていません。
ロシアの専門家によるとスクリパリ暗殺未遂事件の時のノビチョクはコットンに含ませるか、粉末の状態で現場に持ち込んだのではないかと言っています。毒性が非常に高いため小量しか必要でなく、密封容器に入れれば持ち運ぶのはそう難しくはないということです。
ノビチョクは持ち運びは比較的簡単ですが、それを扱う際には非常に高い危険が伴います。イギリスのソールズベリーでノビチョクの除染作業をしている写真では、専門のチームが防護服にマスクを身につけて残留物を処理していました。開発に携わったロシアの科学者が被害に遭って亡くなっていることからもわかるように、ノビチョクはそれを扱うものにとっては非常に危険な毒物なのです。
このため、毒物の扱いに熟練しているものでなければこれを保存し、使用するのは極めて難しいと言えます。
まとめ
おりしもワールドカップでにぎわっているロシア。スクリパリ父娘事件当時はイングランドチームがロシアでのワールドカップ参加をボイコットするのではないかとの懸念まで出ていましたが、政治家の不参加だけで終わりました。
ワールドカップ開催でロシアは全世界に向けて友好的な雰囲気を醸し出すのに努力し、その実が結ばれているように見えます。イギリスからもサッカーファンが多くロシアを訪れ、ベスト8進出が決まったことから、新たにロシア行きを決めたファンもいるようです。
そのさなかに起きたこの事件、しかも今度は一般のイギリス人が被害者ということで、イギリスにはまた懸念が湧き出ています。
一日も早い事件の解明が待たれています。
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