沖縄の翁長知事死去に伴う沖縄県知事選が9月30日に行われ、オール沖縄代表の玉城デニーが圧勝して初当選を果たしました。亡き翁長知事の遺志を継ぎ米軍辺野古基地新設を阻止すると決意表明していた玉城デニーのプロフィールや政策はどのようなものなのでしょうか。ニューヨークタイムズなど米国メディアでも取り上げられた記事も紹介します。
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プロフィール
【速報 JUST IN 】沖縄県知事選 玉城デニー氏 当選確実 #nhk_news https://t.co/YnjvVX4O0b
— NHKニュース (@nhk_news) 2018年9月30日
名前:玉城(たまき)デニー
本名:玉城 康裕(たまき やすひろ)
生年月日:1959年10月13日(58歳)天秤座
出身地:沖縄県与那城村(現 うるま市)
現住所:沖縄市
出身校:上智社会福祉専門学校
前職:沖縄市議会議員
現職:衆議院議員、幹事長、国会対策委員長
所属政党:自由党
家族:妻、母、二男二女
公式サイト:http://tamakidenny2018.com/
ツイッター:https://twitter.com/tamakidenny
生い立ち
玉城デニーが生まれたのは沖縄が米軍統治下だった1959年。沖縄米軍基地に駐留していた米兵の父親と日本人の母に間にできた、アメリカと琉球の血を引くハーフです。米兵の父親は、まだ彼が母親のおなかにいるときに帰国命令が出てアメリカに帰国しました。母親は生まれた子供にデニスという名前をつけ、2人で渡米するつもりでした。けれども、いろいろ考えた末デニーが2歳の頃に沖縄に残る決心をしたそうです。
玉城デニーが物心つく前に父親の写真や手紙はすべて母親が処分していたそうで、彼は父親の顔を知らないまま育ちました。貧しい母子家庭で、母が住み込みで働いている10歳までの間は近隣の知人宅に預けられて育ったそうです。実の母とその養母と2人の母がいるとデニーは語っています。
玉城デニーは見た目はハーフなのに生まれも育ちも沖縄なので当然英語はしゃべれません。その頃の日本ではハーフに対して今以上に偏見があり、デニーも子供の頃「ハーフ」とか「英語しゃべってみろ」とか言われ、さまざまないじめを経験したということです。そんな時、養母は指をたとえに出して「10本の指に同じ長さのものはない」とで慰めてくれたのです。これがのちに、多様性を尊重しすべての人を救おうとする玉城デニーの政治の原点になっているのではないかと思われるエピソードです。
玉城デニーが思春期に入ってからは、つらい時心の支えになったのがラジオのFEN(Far East Network)や米軍相手のバーから聞こえてくる音楽です。ロック・ミュージックに没頭し、高校時代にロックバンドを結成してボーカルを担当していたのだそうです。
高校卒業後は福祉専門学校で学び、卒業後は福祉関係の仕事、内装業、音楽マネージャー、ラジオパーソナリティー、DJ、タレントなどさまざまな職を経験しました。
政治家としてのスタート
政治に興味を持ったきっかけは30代後半に琉球大学の公開講座で地方自治の授業を受けたことだそうです。当時はラジオ・パーソナリティーやタレント活動をしていましたが、政治の可能性を知り「生を人のためにささげる仕事がしたい」と思ったのです。
その後、玉城デニーは沖縄市議選で当選し政治家としての道を歩み始めました。2005年には衆議院選挙出馬のため市議を辞職しますが、落選してしまいます。しかし2009年に再び衆議院選挙に挑戦し初当選を果たします。その後、衆議院選挙を4期まで務めています。
政治家として活動するかたわら、音楽への情熱も衰えていません。今でもおじさんバンドを組んで音楽活動を続けており、毎週土曜日には地元のコミュニティFM局で音楽番組に出演しています。
デニーさんが沖縄県知事に。嬉しいなあ。シンライン弾いて、知事になった人なんて、いまだかつて居た? pic.twitter.com/CVe6ZwdTcL
— kentarotakahashi (@kentarotakahash) 2018年9月30日
政治家としての玉城デニーは米国人の父、日本人・沖縄人の母の間に生まれ二つのルーツを持っている半面、沖縄で生まれ育った生粋のウチナーンチュであるというアイデンティティを大切にしています。また、ラジオ・パーソナリティー時代に様々な人たちと出会った経験が政治家として活動していくうえで役に立っていると言います。
玉城デニーは社会の負の側面を見てきたからこそ、困っている人は社会的に弱い立場の人のためにできることがあると語ります。自らが子供時代貧しいシングルマザーの家庭で育ってきた経験があるため、子供や若い世代が夢を持ち、可能性を広げることを大事に考えています。全国でワースト一位だと言われる子供の貧困率を改善するためにも、地元の経済が発展していくことが重要だとしています。
沖縄県知事選挙戦
沖縄県知事選は2018年9月13日に告示され、玉城デニーほか佐喜眞淳(さきま あつし)、渡口初美、兼島俊の4人が立候補しましたが、事実上は自民・公明・維新・希望党推薦の佐喜眞淳と玉城デニー2人が争う形となりました。
論点は基地問題、経済、暮らし、貧困、医療問題などです。佐喜眞淳は与党自民党や創価学会メンバーが支持する公明党が応援しており、基地は沖縄の地元経済に恩恵をもたらしているとし、さらなる経済発展を築いていくことを大きな目標にしています。沖縄の民間経済基盤は弱いため、米軍基地の存在は地元経済の大きな柱で、基地があるおかげで直接間接に恩恵を被っている住民は少なくないのです。佐喜眞陣営はそういう住民や、創価学会会員の票を獲得するとみられていました。
9月5日に候補者による公開討論会が行われたました。この討論会で女性政策を説明するときに佐喜眞は「女性の質の向上」と言及しました。これはいかにも女性が男性より劣っていると言わんばかりの表現だと私は思いました。沖縄の女性も同感だったようで、これには批判が殺到してかなり女性票を落としたのではないかと思います。実際、選挙の結果を見ると多くの女性票が玉城デニーに集まったということがわかっています。
与党が推す佐喜眞陣営のキャンペーンには小泉進次郎筆頭副幹事長や菅義偉官房長官など自民党の有力者がかけつけて応援演説をしましたが、あまり効果がなかったようです。
それに対して玉城陣営は「本土」からの応援演説を表に出さず、沖縄主体の選挙戦を展開しました。地元のボランティアの若者を動員したり、翁長前知事夫人・息子などの応援も得て県民にはたらきかけるキャンペーンを地道に続けていました。
9月30日の選挙は最後まで予想が難しいほど拮抗していましたが、得票率は玉城デニー 39万6632票、佐喜真淳 31万6458票で、玉城デニーが圧勝する結果となりました。
玉城デニーのスキャンダルや風評
選挙前のキャンペーン期間中には、玉城デニーに対するさまざまなスキャンダルや不名誉な風評がささやかれました。たとえば、玉城デニーには付き合っている女性がいてその女性との間に隠し子までいるという疑惑、それ以外にも一括交付金制度を作らせたとか、公職選挙法違反、政治資金規制法違反、大麻所持などの風評がうわさされたのです。
玉城デニーの隠し子疑惑
文春の「玉城・佐喜真 隠し子騒動」記事を現代が『デマ』と否定。
文春の記事を確認して見ると「説」と「噂」を記事にしただけ。
読む価値なし。
騙されて文春を買った人は大損、だね。 pic.twitter.com/yNzVnT7AMH— ⓢⓐⓘⓣⓞ (@kentaro_s1980) 2018年9月10日
結局この玉城デニー隠し子騒動はデマだったということがわかりました。他にも様々な疑惑風評がありましたが、すべて根拠のないものだとされています。選挙戦では勝つためにありとあらゆる手を使って反対陣営の弱点をつくものがあらわれ、そういったデマを週刊誌などのメディアが取り上げて部数を伸ばそうとする姿勢も見られます。気をつけたいものですね。
安室奈美恵の選挙支援
【動画アリ】安室奈美恵さんの県民栄誉賞授賞式が【動画】で見れます!(記事の一番下にあります)。テレビニュースを見逃しちゃった方などぜひ♪何度見ても、じ~~んとしちゃいますね。#安室奈美恵 #県民栄誉賞 #琉球新報style https://t.co/9KX2QNPThZ pic.twitter.com/B42mzFZaUj
— 琉球新報Style (@shimpostyle) 2018年5月28日
沖縄出身で圧倒的な人気を誇る歌手、安室奈美恵は9月16日に引退したばかりです。彼女は翁長前知事が亡くなった翌日に公式ホームページで「お悔やみ申し上げます」というタイトルでコメントを発表。
「沖縄のことを考え、沖縄の為に尽くしてこられた知事のご遺志がこの先も受け継がれ、これからも多くの人に愛される県であることを願っております。」と語っています。
安室奈美恵は今年5月に沖縄の県民栄誉賞を受け、翁長前知事のことをとても慕っていたということです。このメッセージについては亡くなった翁長前知事に対する追悼の辞ということで特に問題にはならなかったのですが、沖縄県民、特に若者に大きな影響力を持つ安室奈美恵だけに、彼女が翁長前知事の遺志を継ぐとされる玉城デニーを応援するようなことがないよう、自民党安倍政権サイドが目を光らせていたということです。
玉城デニーの政策
亡くなった翁長前知事が生前、後継者として玉城デニーの名前を挙げたことで、オール沖縄の代表として玉城デニーが立候補することになりました。玉城氏は翁長知事とは育ちは違うが、目指す方向は同じだとして、翁長知事に指名されたことは光栄なことと語っています。翁長知事は保守の政治家一族出身のエリートですが、中央に追随することなく沖縄の独立路線を貫くという点に2人の共通点があるのです。
玉城デニーが掲げる政策は「誇りある豊かな沖縄。新時代沖縄」というもの。
米軍基地問題
その中でも一番の争点は米軍基地問題です。翁長知事が死の直前まで戦ってきた辺野古新基地建設の阻止に取り組むことを玉城デニーも継承しています。けれども、彼は基地のために恩恵を受けている県民がたくさんいるということも見据え、基地負担の軽減を求めつつも基地から収入を得る人々の生活を守ることを大きな目標としています。将来基地を返す時には新たな雇用の場を作る補償を国に求めていく方針です。
また、日米地位協定の改定を求めるとし、米軍に対して主権行使ができる沖縄でありたいとしています。
地域経済と暮らし
沖縄は若者の離職率、高い非正規雇用率、女性と子供の貧困問題、低い所得水準、高い離婚率、シングル・マザーの貧困などさまざまな問題を抱えています。1人当たりの県民所得は216万6千円と全国で最も低く、有効求人倍率の1.14倍は都道府県別で最下位です。また、子供3人に1人が貧困状態にあるという統計も出ています。
こうした問題を改善し、県民の生活を保障するために行政だけでなく民間やNPOと連携して取り組んでいくとしています。
具体的な政策としては下記が挙げられています。
- 中高生のバス通学無料化
- 放課後児童クラブ設置
- 幼児教育の無償化、夜間保育の促進
- 待機児童をなくす
- 子育て支援センター設置
- ひとり親家庭への支援
- 保育士の処遇改善/人材確保
- 正規雇用を増やす
- 最低賃金1000円目指す
国際都市沖縄としての発展
玉城デニーは沖縄のユニークな立地と環境を利用して、沖縄を国際都市として発展させることも視野に入れています。そのために、下記のような政策を導入するとしています。
- 万国津梁(しんりょう)会議を設置して世界各国との経済文化交流を促進し国際都市としての発信を高める
- 国際災害救援センターを設置して国際機関と連携する人道支援活動の拠点を整備する
- 観光・環境協力税を導入して税金を環境問題への対応に活用する。
米国メディアの報道
日本ではニュースになりますが、日本の県知事選挙というと普通は外国では関心がないものです。けれども沖縄県知事選のニュースは米国の複数のメディアで報じられるほど関心が高かったようです。
ニューヨークタイムズでは「米国海兵隊員の息子が米国基地に反対する公約で沖縄県知事戦に勝利」と、玉城デニーの父が米国海軍の米兵だったことが見出しになっています。また、彼が米国基地が密集する沖縄県の知事に選ばれたこと、その彼は日本の県知事で初のミックス・レース(混血)であることを伝えています。
ウォールストリートジャーナルでも「米国海兵隊員の息子が沖縄県知事に選出」という見出しで、米国兵だった父に会ったことがなく日本人の母親に育てられたと玉城デニーを紹介。新しい基地建設問題で安倍首相と闘うことになるだろうと予想しています。
ワシントンポストでは、ランド研究所のスコット・ハロルドの意見を紹介し、日本政府と沖縄県が合意するまで普天間基地は現状のまま使用され続けるだろうと説明した後、宜野湾地区でもし事故が起きた場合、米軍駐留に対する沖縄県民支持が保てず、日米同盟に危険性が生じる可能性があると指摘しています。
翁長前知事が基地をめぐって安倍政権との闘争の末に亡くなったことも欧米諸国のメディアでは大きく伝えられていました。日本の小さな県の知事選ですが、基地をめぐっての論争は国際的な関心が高く、沖縄サイドを支持する外国著名人のグループもあるほどです。
玉城デニーの父親はニューヨークタイムズなどの記事を読んでいるだろうかとふと気になりました。彼は父親の顔も名前も知らないと言っています。母親に父のことを聞いても「もう忘れてしまった。」と何も教えてもらわなかったそうです。
10月1日にはニューヨーク・タイムズ論説記事に「沖縄米軍基地縮小に向けて」というタイトルで米軍基地問題についても書かれています。沖縄が第2次世界大戦の最後には悲惨な被害を被ったこと、現在でも県の貧困率は高く地元民の生活が苦しいこと、これまで「飴と鞭」政策で日本政府から過大な基地負担をおしつけられてきたことなどを説明。米軍基地活動による騒音、大気汚染、事故、米兵による暴行事件などの弊害を挙げ、特に1995年の米兵少女暴行事件のあと米軍基地に反対する世論が高まったことを紹介しています。
この県知事選の争点は主に基地問題であり、安倍政権が支持する基地擁護派候補と反対派の玉城デニーによる県民投票の形になったとし、反対派が勝利したことで、沖縄県民の民意を尊重する必要を説きます。
米軍は今沖縄に集中している軍施設を分散させることは東シナ海で緊急事態が起きた場合に迅速に対応する能力を減らすとしていますが、安全保障問題が沖縄民の犠牲のもとで成り立っている状態は許されるべきものではないとし、安倍首相と米軍がより公平な解決策を模索すべきだと結論付けています。
米国で玉城デニーが知事になったことが大きく取り上げられる理由として、彼の父親が米国人であるばかりか、沖縄に駐在した元米兵であることがあります。米国では、米兵は国のために戦うヒーローとして尊敬の念を込めて扱われます。米兵の家族も同様に大切にされ、米国内の退役軍人組織も政治的な影響を持つのです。
まとめ
玉城デニーの当選により、辺野古基地新設をめぐる沖縄県と政府の対立は今後も続くことになります。政府は基地新設を進めたい方針なので県と国との間でさらに話し合いが続くことになるでしょう。米国務省は「玉城氏の当選に祝意を伝えるとともに、今後一緒に仕事をしていくことを楽しみにしている」というコメントを発表していますが、普天間基地の移設問題については言及していません。基地問題については、沖縄、日本政府、米軍がさらに話し合いを続けることが必要になり、これからの展開が注目されます。
今回の県知事選で玉城デニーという、米国人の血を引く元タレントといった異色の政治家が県知事になったということは、何か新しい時代を感じさせます。これまでも「タレント議員」と呼ばれる人が出てきましたが多くが消えて行った中、彼のような経歴の政治家がどこまで沖縄の人の期待に応えていけるのか注目に値します。翁長元知事はもともと保守派の政治家で基地問題についても容認の路線をとっていましたが、安倍首相をはじめとする「本土」がいかに沖縄に冷たいかということが身に染みて沖縄は沖縄でやっていくという考え方に変わりました。その遺志をつぐ玉城デニー新知事は沖縄の中でもこれまで声を上げることのできなかった層の願いをくみ上げることができる立場にいます。地元の人達が力を合わせ「新時代沖縄」を作っていくことができるのか、その成り行きに注目したいです。
(敬称略)
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