前回の記事では、イギリスの総選挙における各選挙区の選挙運動について紹介しました。今回はイギリス国土全体で行われる政党を主体にした選挙活動について述べます。また、2019年12月12日に行われる総選挙の争点や情勢、今回の選挙がどうして普段と違い、「戦略投票」が呼びかけられているのかを説明します。さらに総選挙が終わったあと、イギリスのEU離脱についてはどういうシナリオが待っているのかを予想します。
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イギリス全体の選挙戦
伝統的にイギリスの総選挙は政党の戦いであることが多かったので、多くの人はいつも自分が支持する政党に投票するのが常でした。
このことから、イギリスでは総選挙となると個別の立候補者よりは党の政策がより重要とされます。過半数をとった党が向こう数年間の国のかじを切ることになるのですから。
そのため、国民は新聞、テレビ、ラジオなどのメディアやSNSで報道される各党の政策に注目します。
テレビ党首討論
イギリスでは、総選挙でもっとも多くの議席を獲得した政党の党首が自動的に首相に指名されることになるため、各党の党首の人気度は総選挙の結果に大きく左右します。
最近では、各党の党首がテレビに登場して討論やインタビューを行うことが常となってきており、ライブで党の政策や自分の意見を国民に的確に伝えることができる能力とカリスマ性が党首に期待されています。
今回、民放テレビで主要5党の党首討論が計画されましたが、実際に参加したのは労働党、自由民主党、スコットランド民族党(SNP)で、保守党のジョンソン首相とブレグジット党のファラージ党首は欠席しました。
BBCのインタビュー番組ではアンドリュー・ニールが個別に主要党首とのインタビューを行って来ましたが、ジョンソン首相だけは取材に応じていません。
それで、彼はライブテレビでジョンソン首相を名指ししてインタビューに応じるように求めました。
「このインタビューで私たちは国民の代わりに党首に質問します。それが民主主義です。」
「イギリスの首相ともなる人はトランプ、プーチン、習といった人たちと対峙しなければなりません。私との30分のインタビューに応じてくれというのは大した要望ではないでしょう。」
アンドリュー・ニールは手厳しい質問で政治家を追い詰めるので有名なので、ジョンソン首相はそれから逃げているのだろうとチキン(弱虫)扱いされています。
その汚名を挽回するつもりか、ジョンソン首相は12月6日にコービン労働党首との1対1の討論には応じました。
Lol the lefty behind bbc reality check is getti more and more angry with Boris as the debate goes on.
LOOK GUYS IT TOTALLY DEPENDS OK.#Leadersdebate pic.twitter.com/eMZEeir90s
— Rob Haddferry (@UnpopularChat) December 6, 2019
この討論はBBCでライブ報道されたのですが、各党首の発言をBBCがライブでファクトチェックし、その結果を少し遅れて「BBC Reality Check」として画面横に流していました。
たとえば、「ボリス・ジョンソンは税金は持たざるものに重くのしかかると言ったが、それはどういう税金のことを指しているかによる。たとえば。。。」といった具合に詳しい説明が流れます。
それで党首がうそや適当なことを言ってもすぐに事実がわかる仕組みになっていました。
NHKや日本の民放も国会中継や政府への記者会見のときにこういうファクトチェックをやればいいのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
2019イギリス総選挙の情勢
支持政党よりブレグジットが争点
選挙の予想は難しいものですが、今回の総選挙はさらに複雑です。
イギリスでは普段は支持政党が大体決まっているため、自分がいつも支持する政党に投票するのが常です。けれども、今回はEU離脱が大きな争点となっているため、普段投票する政党とは異なる党の候補者を選ぶ有権者も出ると予想されるからです。
たとえば、これまでずっと労働党を支持して来た人でもEU離脱派なら今回だけは保守党に投票する人もいそうです。ブレグジット党のファラージがEU離脱のために保守党に協力すると発表したのも追い風となっています。
逆にEU残留派の場合、いつもは保守党支持だけど今回はEU残留を掲げる自由民主党やブレグジットの再国民投票をするという労働党を支持する人もいるでしょう。
EU残留派が不利なのは各選挙区で票が割れてしまい、結局保守党が得票率1位になるところが多そうな点です。
うちの地元選挙区でも、労働党も自由民主党もともに「保守党を勝たせなくないのなら2位の我が党に入れろ」と矛盾することを言っています。
保守党を勝たせたくない有権者は労働党と自由民主党とどちらに投票するべきなのか混乱しています。
戦略投票とは?
このように混乱している有権者のために、非公式でTactical Voting(タクティカル・ヴォーティング=戦略投票)と呼ばれるサイトが複数できています。
有権者が自分の郵便番号を入れると、その選挙区ではどの党に入れると自分の票が死票にならないかを予想してくれるのです。
さらに、Swap My Vote(スワップ・マイ・ヴォート)というサイトもあります。
このサイトでは、自分の票を異なる選挙区の誰かと交換できるようになっています。
たとえば、自分が本当に支持したいのは自由民主党だけど、自分の選挙区では自由民主党候補者の支持率が低いため、今回は労働党に入れようかと迷っている人がいるとします。その人は、代わりに他の選挙区で労働党支持だけど今回は自由民主党に入れるという人と票を交換できるという仕組みです。
戦略投票についてはEU残留派の政治家や有名人もSNSなどで呼びかけていて、俳優のヒュー・グラントも自ら有権者を戸別訪問して戦略的に投票するようにと活動しています。
More here on the visit from @HackedOffHugh today – a great campaign event and a huge welcome on the doorsteps of #Walton. It’s wonderful to have this level of support.👇 #MakeItMonica #RejectRaab #EsherandWalton https://t.co/xLfg6CIslR
— Monica Harding🔶 #LibDems (@monicabeharding) December 7, 2019
2019年英総選挙結果予想
こんな感じで、ブレグジットによってイギリスの選挙戦は混乱を極めていますが、予想はどうなっているのでしょうか。
選挙結果としてはいくつかのシナリオが考えられます。
保守党が過半数勝利
今のところ、世論調査などをもとにした予想では保守党が過半数勝利ということになっています。
労働党が追い上げてきてはいますが、自由民主党にも票が流れることや、通常は労働党を支持するワーキングクラスのEU離脱派が今回は保守党に投票することが予想されるからです。
保守党が過半数で政権を取ることになったら、ジョンソン首相はただちにEU離脱法案を提出し、2020年1月末までにブレグジットを実現するべく動くでしょう。
とはいえ、すぐにイギリスがEUから離脱することは考えられません。ジョンソン首相はEUと交渉して移行期間をもうけ、その間に離脱の準備をすすめることになると予想されます。
ハング・パーラメント
保守党が苦戦して過半数を取れないとしたら、またハング・パーラメント(宙ぶらりんの議会)となる可能性もあります。これは一つの党が単独で過半数を得られない状態です。
前回2017年の選挙後も保守党は単独過半数が取れず、北アイルランド民主統一党(DUP)と閣外協力して政権を維持していたのです。
ハング・パーラメントとなると、保守党または労働党どちらかの政党が小規模政党と協力して内閣を組閣することになります。
今現在保守党と労働党に大きくリードされ第3党である自由民主党は、EU離脱を阻止するためになら、コービン党首が退くことを条件に労働党と協力する姿勢を見せていますが、ブレグジットを実現したいジョンソン率いる保守党とは相容れないことは明白です。
ハング・パーラメントになると、ただでさえ混迷を極めていたイギリス議会が再び膠着状態になることが予想されるのです。
労働党が過半数勝利
労働党が過半数を取って政権奪還することについてはかなり可能性が低いと見られていますが、もしそれが実現するとしたらどうなるのでしょうか。
労働党の公約としては、選挙に勝ったらブレグジットに対する再国民投票を行うことを掲げています。
EUと再交渉して新たなEU離脱合意案を取り決めた上で、その合意案に基づくブレグジットとEU残留を選択肢にして再び国民投票を行うと約束しているのです。
それを実現するためには、まず2020年1月末まで延期されたEU離脱期限をさらに延期することが必要になるでしょう。
そして、その後の再国民投票の結果がどう出るかは、これまた神のみぞ知るということになります。
総選挙後のゆくえは?
イギリス総選挙の結果は投票日の翌日である12月13日の金曜日に判明します。
世論調査どおり、保守党が過半数勝利と言うことになれば、好むと好まざるにかかわらず、ブレグジットの方向はやっと定まるでしょう。
ここ3年間EU離脱問題に振り回されて「ブレグジット疲れ」しているイギリス人にとって、EU残留派の人でももうどうでもいいから決めてくれという風潮も見られます。
EU離脱が経済に悪影響を与えると言っていたビジネス界も、最悪なのはこれまでのような宙ぶらりん状態がさらに長く続くことだと感じている向きもあります。
少なくとも「合意なき離脱」の可能性が回避されるのであれば、ブレグジットの道を歩むしかないと腹を決めている人も多いでしょう。
それとも、予想に反して労働党や自由民主党が躍進するのか、総選挙の情勢を見守りたいと思います。