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【英総選挙2019】③ジョンソン保守党勝利の理由:なぜコービン労働党は惨敗?

House of parliament

2019年12月12日に行われたイギリス総選挙はジョンソン首相率いる与党保守党が過半数勝利という結果でした。予想を上回る圧勝でコービン率いる野党第一党の労働党は議席を大幅に減らすことに。保守党はどうしてここまでイギリス有権者の心をつかむことができたのか、かたや労働党から国民が離れた理由は何なのか?日本語で書かれたメディア情報を読むと正確とは思えないものが見受けられたので、現地の肌感覚からの情報をまとめました。


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2019年イギリス総選挙

12月12日クリスマス前、イギリスの天気は寒く、ところによっては雨という気候条件の選挙で、投票率は67.3%でした。2017年3月28日に行われた68.8%より下がったものの、気候条件を考えるとイギリス国民の関心は高かったと言えるでしょう。

結果はイギリス下院議席の定員650のうち、保守党(Conservatives)は現在より47議席増えた365議席を獲得し、労働党(Labour)は議席を59減らして203。

スコットランド国民党(SNP)も躍進し、13議席プラスの48議席を獲得。

自由民主党(Liberal Democrats)は11議席、北アイルランド民主統一党(DUP)が8議席、ウエールズのプライドカムリが4議席などという結果で、ブレグジット党は議席ゼロとなりました。

保守党勝利の要因

保守党が優勢であることは予想されていましたが、ハングパーラメントの可能性もあるとされており、これほど保守党が圧勝するとは思わなかったという人が少なくありません。

保守党圧勝の理由は何だったのでしょうか。

ブレグジット

保守党勝利の理由は何と言ってもこれでしょう。ブレグジット国民投票のあと、イギリスはEU離脱派と残留派とで分断されましたが、保守党も例外ではありません。メイ前首相は党内の異なる意見をまとめるのに必死でしたが、失敗に終わりました。

その後首相になったボリス・ジョンソンはEU離脱に舵を切り、残留派の保守党員の意見を無視したり次々に追放さえしました。

選挙の公約もシンプルな3文字の「Get Brexit Done」(ブレグジットを実現しよう)で、このセリフをことあるごとに繰り返し、他の方策についてはとってつけのことを語るにとどまりました。

このシンプルなメッセージがEU離脱派にアピールし、これまで保守党を支持したことがないような労働者階級の離脱派まで、労働党から保守党に鞍替えするまでになりました。サッチャーを毛嫌いしていたはずの元炭鉱地域とか、イングランド中部や北部の労働者階級エリアのいわゆる「Red Wall(赤い壁)」が崩れ去ったのです。

保守党はEU残留派が多い都市部などより「赤い壁」エリアでの得票に的を絞って選挙活動を強化し、それが功を奏しました。

ブレグジットのためにだけ存在していたブレグジット党のファラージがEU離脱のために選挙協力をするとして、保守党議員がいる選挙区には候補者を立てないと約束したことも少し追い風になりました。

EU残留派にしても、国民投票から3年の間、EU残留や再国民投票に向けて運動してきたにもかかわらずそれが難しいことで、あきらめの境地に達して覚悟を決めた人もいるでしょう。

EU離脱がいかに国や国民にとって悪い結果を与えるかを説き続けているのにもかかわらず、ファラージなどの離脱派にだまされて離脱に投票したと思っていた人たち(この辺りは日産工場についての記事参照)を説得できなかったわけですから。

ジョンソン首相の人気

もう一つはボリス・ジョンソンという個人の人気です。保守党がメイ首相の後釜として彼を選んだのも、ボリスならエリート臭の強いほかの保守党議員と違い庶民にもアピールするからということでした。(ボリス・ジョンソンについてはこの記事参照)

彼はロンドン市長の頃から名字でなく「ボリス」とファーストネームで呼ばれるように、庶民的で、変なやつだが害はないというイメージを意図的に貫いています。

女王様までだますうそつきであり、離婚歴が何度もあり子供が何人いるのかわからないと言われることはあっても、彼の「憎めない道化師」というイメージは庶民に受けるのです。

今回の総選挙の数日前に、映画「ラヴ・アクチュアリー」の名場面をパロディ化したキャンペーン動画はまさにそういうイメージを利用して「Get Brexit Done」のメッセージを伝えるものでした。

反対に、ジョンソンは厳しい質問で有名なBBCアンドリュー・ニールの取材番組には応じず、各党首出演の討論番組にも出ないなど、具体的な政策とそれを裏付ける実務的な情報が問われるメディア出演や取材には消極的でした。

ロンドン市長時代からのジョンソンのこれまでの言動を追ってみると、彼自身には一貫とした政治的理想や信念がなく、状況に応じて人気取りのための政策を選ぶ風見鶏のようなところが見て取れます。

細かい所を突っ込まれてぼろが出てしまわないようにしつつ、庶民受けのするイメージでシンプルなスローガンを叫ぶことが成功の秘訣なのでしょう。

労働党惨敗の要因

今回、保守党が大きく票を伸ばしたのと対照的に第二政党である労働党は多くの票を失いました。その理由は何だったのでしょうか。

これはイギリスだけでなく、米国大統領選挙や日本の野党の在り方などにも共通する課題のはずです。

ブレグジット

労働党惨敗の理由として、コービン党首ほか労働党の公式なコメントはとにもかくにも「ブレグジット」です。

EU離脱派労働者階級の離反

先に述べたように、EU離脱派の票が保守党に流れたことは痛手でした。もともと他党支持のEU離脱派は仕方がないとしても、これまで労働党が票田としていた地方の労働者層地区からも票が流れたことは労働党にとってはショックが大きいでしょう。

労働党が助けたいと思っていた労働者や低所得者層から逆に見放されたわけですから。

当の「労働者」たちは最近の労働党に対して、自分たちのことをちっとも考えておらず、見当はずれのことばかり言っていると思うようになってしまい「片思い」状態であったのです。

EU残留派の票の奪い合い

ジョンソン保守党がEU離脱に舵を切ったことで、EU残留派の票はどうなったのでしょうか。

残留派はEU離脱を阻止するために保守党に勝たせたくないという点では一致しますが、それでは誰に投票すればいいのかで意見が分かれました。

これまで労働党はブレグジットについての方向が煮え切らないことでEU残留派からも離脱派からも不満感を抱かれていました。ブレグジットについて党内でも意見が一致しないのは同様だった保守党が離脱に舵を切ったのに反し、労働党はブレグジットについては中立を守るとし、再国民投票をして国民が決めるべきだと主張しました。

これに対して、あくまでEU残留の方針を貫く中道の第三政党、自由民主党と労働党は各選挙区で残留派の票を奪い合う結果となりました。

イギリスは小選挙区制で、各選挙区で一番多く票を取った候補者が当選します。シンプルに例えれば離脱派100人が保守党に投票し、残留派150人が労働党に99人自民党に61人投票しても保守党の勝利となり、残りはすべて「死票」になります。

ブレグジット党が保守党に協力したように、労働党が自由民主党、緑の党などの野党と選挙協力すれば打つ手はあったかもしれません。が、かつて保守党と連立政権を結んだ自由民主党と極左のコービン労働党は相いれず、各選挙区で複数野党の立候補者が票を奪いあうことになりました。

うちの選挙区にも労働党と自由民主党のチラシが配られましたが、どちらとも「保守党に勝つために、この選挙区では第2位の我が党に投票を。第3位である労働党/自由民主党(これが入れ替わる)に入れる票は死票になります」とあります。これでは保守党に勝たせたくないと思う有権者でもどちらに入れていいのかわかりません。

このため、EU残留派は「Tactical Voting(戦略的投票)」のために運動をはじめ「保守党に勝たせないためには今回の選挙だけは戦略的に投票しよう」と呼びかけました。ウエブサイトを立ち上げ、個々の選挙区でどの党に投票すればいいのかを示したのです。

選挙区によっては、保守党が一位になるのを阻止するべく別の野党立候補者のために自ら身を引いた野党候補者もいます。

けれども選挙結果を見てみると戦略的投票の効果は限定的で、ウィンブルドン、ケンジントンなどEU残留派が多い地区でも見事に票が割れて保守党の勝利となっていました。

コービン党首の不人気

コービンをはじめとする労働党トップは今回の選挙の敗因がブレグジットだとしていますが、コービン個人の人気が芳しくないことは選挙前の世論調査などからも明らかでした。

労働党の候補者やキャンヴァサーと呼ばれる選挙活動支援者たちも有権者からしばしば「労働党は支持するけどコービンはちょっと」と言う人が多いと陰でもらすし、私自身も周りでそういう声をよく聞きます。

その理由は様々ですが、若く明るいリーダーが持つカリスマ性がない、政策が地味で分かりにくく、確固としたメッセージをわかりやすく有権者に伝えることができなかったということでしょうか。

労働党内にある反ユダヤ主義への対策が生ぬるいとか、ハマスやIRAなどのテログループとの関連などについても、右派メディアが誇張して否定的に報道しがちだったことも関係あるでしょう。とはいえ、反ユダヤ主義対策について批判があった時、その機会があったのに謝罪しなかったなど、政治家としてのパフォーマンスが下手な人だという印象はあります。

自らの確固とした信念があるため、人気取りのための軽口をたたかないというところはボリス・ジョンソンとは対照的です。彼は首相というよりは社会主義運動家なのであり、自らもそう思っていたところを党首に駆り出されたといったことなのでしょう。

とはいえ70歳のコービンは特定の人々、特に若者に圧倒的な人気があり、労働党にたくさんの若い党員を集めた功労者です。有名なグラストンベリー・サマーフェスティバルに参加して拍手喝采を浴びたり、ストームジーなどの有名ミュージシャンやスポーツ選手も彼を応援しています。

今回の選挙でも圧倒的に労働党を支持する若者が大学キャンパスで2時間並んで投票したり、選挙活動に参加したりする姿が見られました。

労働党の社会主義政策

コービン率いる現在の労働党はブレア・ブラウン時代から政策を大きく左にシフトしてきました。その社会主義的マニフェストで2015年の総選挙ではおもに若年層の票を集めて予想を上回る善戦をしました。

今年はその政策をさらに左に進め、鉄道・水道・郵便・エネルギーなどの事業の国有化、私立学校の廃止、大学の学費無料化、ブロードバンド無料、NHS国民医療や福祉政策の拡張、公営住宅の提供などを約束しています。

これらを実現するために必要となる財源は富裕層や企業への増税という方針なので、若者には支持されますが、富裕層や中流、高齢者、ビジネス界などからは人気がありません。

富裕層やビジネス界がこれまでより多くの負担を強いられるのを嫌うのは当然といえば当然です。

そうでない高齢者にとっても、1970年代終わりの「Winter of Discontent(不満の冬)」や国営企業の劣悪なサービスを覚えている世代にとって、労働組合の影響が強い左派労働党政権には不安を抱かずにおられないのです。

この頃、イギリス中でストライキが起こりました。救急車が止まり、病院が閉鎖され、ゴミ箱が収集されず、死体が埋葬されないといった日々が続いたことから不安や不満が高まって、1979年にサッチャー保守党政権が誕生したいきさつがあります。

コービン人気で新たに労働党支持となった若者はこの時代のことを実感としては知らないわけです。彼らにとってはソ連共産党や東西ドイツの分断についても歴史上の出来事であるわけですが。

若者にとってコービン労働党の社会主義路線は新鮮で、格差を生み出しがちな新自由主義に比べると魅力的にうつります。

若者の支持を得て自信をつけたコービン陣営が政策をさらに左に寄せようとしたとき、党外からも労働党内の中道左派からも「あまりに左寄りな政策では選挙に勝てないのではないか」という声が上がりました。

そのとき、コービンは「私たちは労働者や低所得者層を見捨てるわけにはいかない」と答えました。

けれどもコービン労働党が助けたいとし、その政策の恩恵を受けるはずの低所得者層にさえも、労働党の政策はそれほど理解されていなかったふしがあります。

そして今回の選挙で、その低所得者層(のEU離脱派)がジョンソン保守党に鞍替えして、コービン労働党を見捨てることになったのは皮肉と言えるでしょう。

結局、コービン労働党を支持するのはロンドン、マンチェスター、リヴァプールなど都市部の国際派リベラルや大学生といった、一部の人たちだけになりつつあり、全国の一般国民に支持されるのは難しくなっています。この路線では、政治的影響を与える社会主義運動としてではなく、政権をになう目標がある政党としては成功しそうもないことは、少なくとも今のイギリスでは明らかということが今回の選挙で分かりました。

ピケティなどによる識者の思想も影響し、新自由主義が格差を生んだとして理想主義的な社会主義運動が広がっている流れはイギリスだけでなく、スペイン、フランス、イタリア、米国などにもあります。拡大する格差が問題となっている日本でも長年続いた自民党政権に対抗する声が上がりつつあります。

各国でこのような左派政党やグループが実際に有権者の支持を得ることができるのかは、それぞれの政党や運動家がどれだけ国民にわかりやすくメッセージを届けられるかにかかっているでしょう。

これからブレグジットはどうなる?

今回のイギリス総選挙はブレグジットに始まりブレグジットに終わるといった趣でした。保守党が過半数勝利したことで、イギリスがEUを離脱することは確実となり、あとはそれがいつになるかということだけです。

ジョンソン首相は約束通り2020年1月31日までにブレグジットを実現すると言っています。その後、2020年末まで移行期間に入るわけですが、その期限までにEUとの通商交渉や安全保障などの課題をまとめることができるのかは、今のところ未定です。

おりしもクリスマス前のイギリス、戦いが終わって勝者も敗者も、もうブレグジットはたくさん、とりあえずはクリスマスを楽しもうという雰囲気になりつつあります。クリスマスといえば、イギリスでは普段は会わない家族が集まる、日本のお正月のようなファミリーイベント。ここ数年のクリスマスでは、久しぶりに集まった家族メンバーがブレグジットの話題で喧嘩になり、台無しになったという話も聞きます。

またそういうクリスマスを送ることを避けるためにもとにもかくにもケリを付けたいというのが、ジョンソン首相がこのタイミングで総選挙を決めた作戦であったのかもしれません。

【追記】イギリスは予定通り2020年1月31日にEUを離脱しました。

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