Last Updated on 2018-05-16 by ラヴリー
ハリー(ヘンリー)王子のフィアンセであるメーガン・マークルは白系アメリカ人の父とアフリカ系アメリカ人の母を持つバイレイシャルで、幼い頃から人種問題については意識せざるを得ない立場にありました。ハリー王子との関係が明らかになってからもさまざまな人種差別発言に合っているのです。メーガンは人種問題についてどのように考えてきたのでしょうか。それを紐解いていくと彼女がイギリス王室に新しい風を送り込こむ希望の星だということがわかってきます。
Contents
メーガン・マークルの社会的なめざめ
11歳のときメーガンは洗剤のテレビコマーシャルで「アメリカ中の女性が油まみれのなべと格闘している」といっていることに疑問を持ちました。それで、そのことについて当時のファーストレディーであるヒラリー・クリントンや洗剤会社に手紙を書きました。
すると、その後一月もしないうちにそのコマーシャルは「女性」という言葉を「人々」に変えました。そのとき、メーガンは「私なんかでも声をあげることで、社会をちょっぴりでも変えることができるんだ」と悟ったのだそうです。そのときから、彼女は微力でも自分が世の中を少しでもよくするために活動を続けようと心に決めたのです。
15歳でスープキッチンのヴォランティアをはじめ、タイム・マガジンでは、発展途上国で若い女性が生理のために教育や就業機会を阻まれる問題に取り組み、World Vision Canada では世界中の子供の教育、食事、医療のためにキャンペーン、国連の女性分野の機関UNウィメンにも参加しています。
メーガンの人種についての葛藤
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メーガン・マークルと母ドリア・ラグランド
メーガンの母ドリアはアフリカ系アメリカ人で、父はオランダ・アイルランド系の白人アメリカ人です。両親は1970年代後半に出会い結婚しました。
メーガンは2015年7月、雑誌 ELLE に I’m More Than An ‘Other’ という記事 を書き、自らの人種についての葛藤を吐露しています。
1970年代白人の父親と黒人の母親が結婚した当時、ミックスレースのカップルは珍しいものでした。私が赤ちゃんだったころ肌が白かったため、私を連れた黒人の母を見た人は母を私の乳母だと思っていました。そんな偏見の中で育ったけれど、両親は私にそんなことを気にすることだと感じさせず、私はスペシャルなんだと思うように育ててくれました。
7歳の時のクリスマスのエピソードがあります。その頃ほしかったのはバービー人形が家族になっているセット。売っているのはパパとママと2人の子供からなるファミリーセット。それには2種類あって、1セットはすべてが白人でもうひとつはすべてが黒人でした。
クリスマスの日、私が手にしたバービーファミリーはそのどちらでもありませんでした。私のファミリーセットは黒人のママ、白人のパパ、そして黒人と白人の子供が1人ずつでした。父が私のためにスペシャルなファミリーセットを作ってくれたのです。
それから時代は過ぎて7年生のとき、学校の統計で自分の人種が何であるかの調査がありました。選ぶ項目には白人、黒人、ヒスパニック、アジア人があり、このどれかのボックスにチェックを入れることになっていました。
私がどれを選ぶこともできず困っていたら、先生が「あなたは白人に見えるから白人を選べばいいでしょう。」と言いました。でも、そうすると黒人である母親を欺いてしまうことになるような気がして、結局私はそれを白紙で出してしまいました。帰宅して父にこの話をすると「自分でボックスを書いたらいいんだよ」と言ってくれた言葉がずっと心に残っています。
黒人である母親といるとき、白人アメリカ人から人種差別的発言を浴びせられることも経験しました。涙を必死にこらえる母親を見て、私はなんともいえない気持ちになりました。
女優になったときはラテン系、白人、黒人の役のオーディションをすべて受けました。それぞれの役に応じた外見に見えるようにカメレオンのように服を選んで。でも、結局どんな役ももらえませんでした。私は白人の役をするには黒すぎて、黒人の役をするには白すぎたから。
でも、「スーツ」のレイチェル役だけは違いました。プロデューサーは「白人」とか「黒人」とかを探していたのではなく、「レイチェル」を探していたのです。そして、私はその役にぴったりでした。
シリーズの途中で、レイチェルの父親が登場することになりましたが、そのキャストに黒人俳優が選ばれました。それを見た視聴者の反応は「どうしてレイチェルの父親を黒人が演じるの、彼女は黒人じゃないのに」「えっ、彼女ブラックだったの?セクシーだと思っていたのに」というようなものでした。
それはアメリカ人の間に潜む人種差別がいかに根付いているかが、うかがえるものでした。私は、自分が属すると思っている二つのグループが対立しあい、互いにステレオタイプを作り上げてメディアで犠牲になっているのを見ました。そして、アメリカの人種差別問題は表面に絆創膏を張っただけで、その根本の問題は今も根強く残っているということがわかりました。
けれども、私自身はその問題を克服しました。今は、自分がどういう生まれであるかを誇りを持って言うことができます。統計で人種を選ぶとき、今では「その他」という項目がありますが、私は「その他」の1人ではありません。、私は私であるのです。
黒と白を混ぜるとグレイになるように、私もかつてはグレイでした。でも、どちらつかずで自分を欺いているのはもうごめんです。私のアイデンティティーは人種でくくられるものではありません。自分でボックスを描くのです。自分で自分が何者であるかを作りあげるのです。まさに、私の先祖が自由を与えられたときにそうしたように。
1865年に奴隷制度が廃止されたとき、奴隷たちは自らの名前を選ぶことになりました。私の先祖は苗字に「Wisdom」を選びました。彼は自分でボックスを描いたのです。
メーガンと人種
この記事を読むと、メーガンが幼い頃から自身の出自について困ったり、悩んだり、理不尽に思ったりして葛藤していたことがわかります。そして、それを彼女自身が克服したことも。
自分の先祖が奴隷だったこともきっぱりと、誇りを持って言っていることが潔いと思いました。
ハリー王子も、メーガンの外見の美しさはもとより、内面の強さ、また自分の力で世界を少しでもよくしようという姿勢にほれたのでしょうね。これまで付き合ってきた、きれいだけど中身がからっぽな女性が色あせて見えてきたのかもしれません。共通の倫理観を持ち合わせているだろう2人なので、これから力を合わせてイギリス王室メンバーとして社会的な活動を続けていってくれるでしょう。
ダイアナ妃、キャサリン妃とメーガン
ハリー王子の母、故ダイアナ妃は36歳で亡くなるまで熱心にチャリティー活動を行っていましたし、キャサリン妃もウィリアム王子と共に様々な活動に携わっていますが、2人ともそれは王室に入ってからのことです。
思えば、故ダイアナ妃が王室に入ったのは20歳という若さでした。キャサリン妃の場合は29歳でしたが、メーガンは36歳で女優としても社会活動家としてもキャリアがある大人の女性です。
彼女のスピーチを聞いても、投稿記事を読んでもメーガンが美しいだけではなく、自立していて自分の意見をもち、それを堂々と言える自信に満ちた知的な人物だということがうかがえます。また、裕福な家庭で何不自由なく育った鳥かごのお嬢様ではなく、数々の試練をくぐりぬけてきた強い人間で、世界のさまざまな問題に自分の力の及ぶ限り取り組んでいきたいという社会的使命を持っている人だということも。
イギリス王室は初々しい若い花嫁を王室に迎えて育てていくのではなく、すでに社会活動にも積極的に取り組んでいるキャリアのある「即戦力」を得ることができたといえるでしょう。メーガンの出自から、アメリカをはじめ非白人の国の人々にも人気が出そうで、イギリス連邦の旧植民地をはじめ、世界各国に関係が深いイギリス王室メンバーとして、これからの活躍が期待されます。
そして、伝統的であるがために時に時代遅れで保守的だとされることがある王室に、メーガンとハリーは新しい風を吹き込んでくれるのではないでしょうか。イギリス王室はエリザベス女王をはじめ、若い王室メンバーが「開かれた王室」にするべく、さまざまな改革を行っていますが、その流れが一層加速化して、これまで王室に興味がなかった層も王室を身近に感じるようになるのではと思います。
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