12月1日の世界エイズデー「World Aids Day」に先駆けてイギリス国会でエイズにちなんだスピーチをした国会議員が自らのHIV感染を国会で告白するという思いがけない展開になりました。この議員はどうしてこのような発言にふみきったのでしょうか、そして彼はエイズにかかっているのでしょうか。AIDSとHIVの違いや感染と症状の情報など未だに誤解している人も多いので、簡単な説明とこれまでの取り組みも紹介します。また、エイズで亡くなった人々のリストも加えました。
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世界エイズデー
赤いリボンはヨーロッパに伝承される風習で、もともとは様々な理由で亡くなる人々への追悼の気持ちを表すものでした。エイズが社会的な問題となってきた1990年ごろ、米国でレッドリボンをエイズに苦しむ人々の理解と支援のために使われ始め、それが世界的に広まったのです。
レッドリボンを身につけることは、エイズに関して偏見を持っておらず、エイズと共に生きる人々を差別しないというメッセージになっています。
イギリスの国会議員がHIV感染を告白
イギリス国会では世界エイズデーを記念してエイズについて話し合う会議が開かれましたが、その席で労働党の国会議員であるロイド・ラッセル=モイル議員がHIVに感染していることを告白しました。彼は10年前、22歳の時にHIVに感染していることを知ったと語りました。「テストでHIV陽性と分かった時は目の前が真っ暗になった」と当時の感情を吐露しました。けれども、それから治療を続けてきた結果、現在まで健康で普通の生活ができていると報告しています。
自らがHIVに感染していることを公表する必要はなかったにもかかわらず、国会で発表することに踏み切ったのはHIVやエイズに対しての偏見をなくしたいという思いからでした。そして、少しでもその不安がある人には積極的にHIVテストを受けるように強く促しました。
「怖いからと言ってテストを受けるのをためらっている人に言いたい。知ることによって生き続けることは、怖がって死に至るよりいいはずだ。」
この力強いスピーチが終わった後、国会では禁止されているにもかかわらず、議員からの拍手が鳴りやまなかったということです。
“To those who have not been tested, maybe out of fear, I say to you: it is better to live in knowledge, than to die in fear.”
Ahead of World AIDS Day, Lloyd Russell-Moyle gives a speech in Parliament announcing he has been HIV positive for nearly ten years. pic.twitter.com/jXWijSW7nu
— Channel 4 News (@Channel4News) 2018年11月29日
実はイギリスの国会議員でHIV感染者であることを発表したのは、これがはじめてではありません。2005年にクリス・スミスという議員がHIVに感染していることを告白しているのです。スミス議員はゲイであることをカミングアウトした初めての国会議員でもあります。それはまだゲイについての偏見が根強かった1984年のことです。
1984年といえば映画『パレードへようこそ』でレズビアン・ゲイ団体が炭鉱ストを支援した頃。イギリスでも同性愛者についての偏見は今では考えられないほど根強かったことがこの映画を観るとわかります。そんな時代に国会議員がゲイであることを告白したことで当時の同性愛者に勇気を与え、一般の人の考え方にも大きく影響しました。
AIDSとHIVってどんな病気?
Aids とHIVの違い
AidsやHIVについては何となく怖い病気だと漠然とした知識しかない人も少なくないようです。かつてエイズは不治の病であると思われがちでしたが、医療の進歩により今ではさまざまな治療法があり、HIVに感染していても普通に健康な生活を送る人も多くなっています。そのためにも、この病気に対する正しい知識を身につけることが大切です。
初歩的な質問としてよくあるのが「AIDSとHIVはどう違うのか」というものです。
HIVはウィルスの名称
HIVはヒト免疫不全ウィルス(HIV:Human Immunodeficiency Virus)というウィルスの名前です。
このHIVウィルスに感染しそれが増殖すると、体を病気から守る免疫機能が破壊されるようになります。この結果、エイズ(AIDS・後天性免疫不全症候群)が起こります。
エイズ発症と症状
HIVに感染すると普通6~8週間経過後HIV抗体が検出されます。感染から数週間以内にインフルエンザに似た症状が出ることもありますが、出ないこともあります。HIVに感染しても、特に自覚症状のない時期が続くことが多いのです。HIVは感染しても症状があらわれるまでの潜伏期が長く、数か月から10年以上も発病しないことがあります。
症状がないままでもHIVが進行すると病気と闘う免疫が低下し、普通は感染しない病原体に感染しやすくなります。様々な感染症を発症する状態になることで「エイズ」発症と診断されるのです。
感染経路
HIVにかかりやすい人というのはありません。HIVに感染しやすい行為があるというのが正しい見解です。感染しやすい行為によっては誰にでも移る可能性があるので、正しい知識と理解が重要です。患者の多くは男性ですが、女性の感染者も増えています。
HIVの感染力は弱く、性行為以外の社会生活の中でうつることはほとんどありません。インフルエンザのようにくしゃみや咳ではうつらないし、唾液や汗でもうつりません。普段の生活ではうつらないのでむやみにこわがることもないし、HIV患者に対して偏見を持つべきでもありません。
感染経路としては主に3つあります。
- 性行為(精液、膣分泌液を通して)
- 血液を介しての感染(輸血や注射器具の共用などを通して)
- 母子感染(妊娠中、出産時、授乳時に母親から子どもに感染)
AIDSの治療方法
かつてAIDSは死に至る病であると思われていましたが、医療の進歩により現在はさまざまな治療薬が出ています。HIVに感染しても適切な治療をすれば通常とほぼ同じ寿命を生きられるし、通常の社会生活を送ることができます。感染を予防することが最も重要ですが、HIV感染者でもエイズ発症を予防したり、遅らせることが可能になっています。体の中にあるHIVを完全に取り除くことはできませんが、エイズを発症しても抗HIV薬などの治療で免疫力を再び高めることもできます。
けれども、エイズ発症後の治療は発症前と比べると難しくなります。より高い治療効果を得るためにはHIV感染者が医療機関で早めに適切な治療を受けることが重要な対応となってくるため、HIVに感染しているかどうかを検査して早期発見することがカギになってきます。HIVに感染しているのに気づかないままだと、他人にHIVを感染させてしまう可能性もあるため、検査をすることは二重に重要なのです。
HIV検査
エイズの自覚症状がないからといってHIVに感染していないというわけではなく、感染しているかどうかは検査をしなければわかりません。HIVに感染する可能性があると思う人は早めに検査を受けることが必要です。検査を受けることが特にすすめられるのは下記の人です。
- 同性と性行為の経験がある男性
- 不特定多数の人と性行為をしたことのある男性・女性
- 梅毒に感染した経験がある人
日本でも全国の保健所や自治体の検査施設でHIVの検査を無料、匿名で受けることができます。HIVに感染したかもしれないと少しでも不安に思った時には、その不安を解消するためにも検査を受けることをおすすめします。
HIV感染者数とエイズ患者数
世界で初めてエイズ患者が報告されたのは1981年です。現在HIVに感染している人は世界に5千万人に達すると言われています。拡大のほとんどがアジア・アフリカの開発途上国で、近年は中国、インド、インドネシアで感染の拡大がみられるようです。死亡者は年間100万人に上りますが、エイズ医療の進歩と普及によってその数は年々減ってきています。
日本では1985年に初めてAIDS患者が確認されましたが、当初は薬害エイズによる感染が主でした。日本のエイズ患者数は報告されているものだけで2016年末の段階で27,000人を突破しました。
世界的に見ると日本でHIVに感染する人は少ないのですが、年間1500人前後が新たにHIVに感染し、この数は年々増加する傾向にはあります。HIVに感染していたことを知らずエイズを発症してはじめて気づいたというケースがエイズ患者の約3割を占めていると言われています。
故ダイアナ妃のエイズへの取り組み
エイズについての理解を深めるために尽力した人物としてよく語られるのが故ダイアナ妃です。1980年代、まだゲイやエイズに対しての偏見が根強かったころにも、エイズ患者を支援するチャリティー活動に取り組んでいました。1987年にはイギリス初のエイズ病棟が開いたロンドンの病院で、ダイアナ妃がエイズ患者の男性と握手したことで周りをびっくりさせました。というのも当時はエイズをペストのように怖れ、簡単にうつると思っている人が多かったのです。エリザベス女王をはじめ王室の女性は手袋をはめて公務にのぞみ握手もするのが普通ですが、ダイアナ妃はあえて手袋をせずにエイズ患者と素手で握手したのです。
エイズ患者と握手したり抱きしめることは危険ではないし、そういう人たちと社会で共存するべきだという考えが世の中に広まったのは彼女の行動によるものが大きいといえます。イギリスのエイズ支援団体は「ダイアナ妃はエイズ対策の世界一の大使でありそれに代わる存在はいない」と語っていました。
ダイアナ妃はその後もエイズ患者のために世界中で支援活動を続けました。下記はブラジルのリオデジャネイロの病院でエイズ患者を訪問した時の写真です。
今はその次男であるハリー王子がその意思を受けついで、エルトン・ジョンと共にエイズ予防を目指す団体を立ち上げています。
AIDSで亡くなった有名人
伝説のロックバンド、クィーンのボーカリストであるフレディ・マーキュリーの人生を描いた映画『ボヘミアン・ラプソディ』を観てエイズに関心を持った人も多いのではないでしょうか。フレディ・マーキュリーの他にもエイズで命を落とした有名人は多くいます。
治療が大きく進歩した1990年台後半以降は死に至るケースは格段に減ってきていますが、それまでに不幸にも命を落とした人たちの一例は下記のとおりです。
名前 | 命日 | 享年 | 国 | 職業 |
ミシェル・フーコー | 1984.06.25 | 58 | フランス | 哲学者 |
ロック・ハドソン | 1985.10.02 | 59 | 米国 | 俳優 |
コリン・ヒギンズ | 1988.08.05 | 48 | 米国 | 映画監督 |
イアン・チャールソン | 1990.01.06 | 42 | イギリス | 俳優 |
キース・へリング | 1990.02.16 | 33 | 米国 | 画家 |
ジャック・ドゥミ | 1990.10.27 | 60 | フランス | 映画監督 |
アンディ・ミリガン | 1991.06.03 | 62 | 米国 | 映画監督 |
フレディ・マーキュリー | 1991.11.24 | 45 | イギリス | ミュージシャン |
アンソニー・パーキンス | 1992.10.06 | 61 | 米国 | 俳優 |
ルドルフ・ヌレエフ | 1993.01.06 | 56 | ロシア | バレエダンサー |
デレク・ジャーマン | 1994.02.19 | 52 | イギリス | 映画監督 |
古橋悌二 | 1995.10.29 | 35 | 日本 | 現代美術家 |
フェラ・クティ | 1997.08.02 | 58 | ナイジェリア | ミュージシャン |
まとめ
エイズが一般に知られるようになった1980年代には「死の病」といった先入観を持たれていましたが、今では治療方法が飛躍的に進歩しました。この陰には医療界の貢献はもちろん、かつて偏見を持たれていた病気に対して正しい理解と知識を深めるための活動に取り組んだ先人たちの努力を忘れてはならないでしょう。
今でも、根強い偏見や誤った知識がHIV感染者の差別につながったり、早期にHIV検査を受けなかったために感染の発見が遅れてしまうこともあります。世界AIDSデーにちなんで、誰もがAIDSやHIVに関する正しい知識と最新情報を持つことをすすめたいと思います。