EU離脱によりイギリスに進出している日本企業の業績が悪化すればイギリスに存続できなくなる可能性があると鶴岡公二在英日本大使が述べたことが報道され、イギリスで話題になっています。特にニッサン、トヨタ、ホンダなどの自動車工場がある地方では工場閉鎖により職が失われるのではないかとの懸念の声が上がっています。
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イギリスに進出している日本企業とメイ首相の会談
2月8日、メイ首相はイギリスに進出している日本企業の代表と鶴岡大使をロンドンの首相官邸に招待し、EU離脱後の日英間の通商問題について協議しました。日本企業側からは日産自動車、トヨタ、三菱商事、ソフトバンク、日立製作所、三井住友銀行など18社の幹部が参加。
日本企業代表はイギリスのEU離脱後も企業がスムーズに事業を継続できるような体制を求めました。また、2019年3月にEUを離脱した後、企業が通商や規制の変更に向けて準備する必要があることから、2年間の移行期間を設けることを求めました。これに対し、メイ首相はEU側とできる限り速やかに合意に至りたいと述べ、EU離脱後も日本企業に投資継続を要請しました。日EU経済連携協定(EPA)を基本とした、日本との新たな自由貿易協定(FTA)を結ぶ姿勢を示しています。
イギリスに進出する日本企業は約1,000社で、イギリスでの経済効果はかなりのものです。イギリス政府は産業構造変化による失業にあえぐ地方に日本の自動車製造産業などを誘致してきており、1980年代から日産、トヨタ、ホンダが進出、イギリス国内における167万台の車の半分近くを製造しています。協議に参加した3社はこれまでも、イギリスとEU諸国との間で自由貿易が失われれば事業に影響を及ぼすと警告していました。
鶴岡大使の警告
鶴岡駐英大使は会談後、首相官邸の外で取材に応じ、コメントしました。
「日本企業がイギリスのEU離脱に伴い、欧州単一市場から脱退することによって収益性に悪影響があるようならイギリスにとどまることができないかもしれない。」
「日本企業に限ったことでなく、どんな企業でも利益なしでは存続できないというシンプルな話です。」ときっぱり。
今回の鶴岡大使のコメントに限らず、日本企業は以前にもイギリスがEUを離脱することによる悪影響については警鐘を鳴らしていました。日本政府もイギリスとEUにあてて「離脱でEU法が適用されなくなれば、イギリスに本社機能を持つ日本企業はほかのEU加盟国に移転する可能性がある。」とも述べていました。
イギリスで生産される自動車の多くはEU諸国に輸出されていますが、今は関税がかかりません。しかしイギリスのEU離脱後、EUと世界貿易機関(WTO)が定めた関税が10%かかることになれば、当然輸出による利益は減ります。また、EUとの資本、サービス、労働力の移動の自由も失うことになる可能性も高いことから、これまでイギリスを拠点にEU市場に進出を進めてきた日本企業がイギリスからの移転を検討することも考えられます。
イギリス人の反応
今日のお昼のBBCラジオニュースで、鶴岡大使のインタビューの様子が報道されました。そのあと、ニッサン工場があるサンダーランド地方での中継で、住民や労働者の声が収録されていました。
この地方は造船業や炭鉱産業の衰退で20%以上の失業率にあえいでいて、1980年代の日産自動車工場の進出で恩恵を受けたところです。今では7,000人が日産工場で働き、間接的な雇用も多く、地元の経済は日産に大きく依存しています。
住民は日産が撤退するかもしれないというニュースに「心配だ」と懸念の声を上げていました。
「EU離脱で日産が出ていくようなことになるとは思ってもみなかった。」
「国民投票ではEU離脱に投票してしまったが、今ではそれを後悔している。」との声も。
サンダーランド地区は国民投票でEU離脱支持者が多数派だったところですが、その1年後に地元紙がアンケートをとったところ、63%がEU残留派に変わっていたそうです。
This front page was from 23rd June 2017. So, one year after the #EUref – Sunderland voted #Leave but turned #Remain 8 months ago. Now Nissan are warning they’ll quit if #Brexit happens I’m sure the good folk of Sunderland want an #ExitFromBrexit ASAP #StopBrexit2018 #Brexit pic.twitter.com/epS7GTw6GP
— Stephen #WATON #FBPE #ABTV 🇪🇺🇬🇧🇺🇸 (@TheStephenRalph) 2018年2月10日
これからのEU離脱交渉
2017年12月にイギリスとEUは離脱条件で基本合意に達しました。これからは、さらに移行期間やイギリスEU離脱後の通商関係などについて協議していきますが、アイルランドと北アイルランドの間の国境、イギリスとEU間の移民や関税をどうするかなど、難しい問題が目白押しです。
イギリスはEU離脱後もEU市場と相互アクセスが可能な単一市場を維持し現在の通商関係を継続したい、またEUからイギリスへの移民は制限したいが、EU国であるアイルランドと北アイルラドの国境間では人の移動を自由にしたいと思っています。けれどもEU側は出ていきたいと言っているのはそっちなのだから、そんな虫のいいことは許せないという姿勢です。
国民投票でEU残留を望んでいたイギリス国民はもちろん、離脱派も離脱交渉においてメイ首相がEUに譲歩しすぎていると非難の声を上げています。ただでさえ難航を極める離脱交渉なのに、国内の不安と不満が広がっていて、少数与党であるメイ首相はきわめて厳しい状況にあると言えます。
後悔先に立たず
メイ首相もイギリス国民も、EU離脱国民投票などという博打を打ったキャメロン前首相に今更ながら「何であんなことしたの?」と思っているのでは。でも、後悔先に立たず。
国民投票によって民主的に決められたEU離脱という決定。いくらあとになって問題点が山積みに出てきても今更あとには引けません。
ヘンリー8世によって反逆罪の罪に問われた際「悪法でも法律である」からと自ら絞首刑に処されたトマス・モアの国です。イギリス紳士淑女たるもの、職を失うとか、NHS病院のスタッフが足りなくなるとか、天気のいいスペインに引退できなくなるとか、食料を安く輸入できなくなるとか、そんなみみっちいことでごたごた言ってはいけないのです。たぶん。
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