イギリスNHS国民医療制度:移民も外国人旅行者も医療費が無料ってホント?

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NHS

Last Updated on 2021-12-12 by ラヴリー

イギリスでは基本的に医療費が無料です。NHS(National Health Service) という国民医療制度のおかげで、お金持ちも貧乏人も子供も大人も、そして移民や外国人旅行者でさえも無料で医療サービスを受ける事ができるのです。

Contents

イギリスNHS医療制度


NHS(エヌ・エイチ・エス)の基本精神は「万人への普遍的な医療サービスの提供」であり「患者の医療ニーズに応じて公平なサービスを公的予算で提供」しています。

「万人」というからには留学生や移民、外国人観光客たりとも例外ではありません。病気になったり怪我をしたりしたら普通のイギリス人と同様に必要な医療を受けることができます。この医療費というのは予防医療、入院費、リハビリなどすべて含めた費用です。

(注)最近になって、これではさすがに対応しきれないということで短期滞在者(旅行者)は無料で診療を受けることができなくなりました。また、学生やワーホリ(Youth Mobility Scheme)などで長期滞在する人はビザを発行する際に一定の医療保険料を支払うシステムに変わっています。詳しくはこちらを参考にしてください。

私自身は幸運にも健康なのと、風邪などで医者にかかったり薬をもらったりすることはしないので、お世話になったのは妊娠出産のときくらいですが。このときは帝王切開になったため、1週間入院しなければならなかったのですが、入院費も入院中の食費も全てタダでした。

イギリスで唯一お金を払わないといけないのは歯科治療の一部、処方薬代の一部くらいですが、これも子供、老人、低所得者世帯などは免除されています。歯科治療は妊娠してから出産後1年間までは無料でした。

NHSの歴史

NHSは、第二次大戦後イギリスが導入した「ゆりかごから墓場まで」という言葉で有名な福祉政策の一環で、労働党政府によって1948年に設立されました。戦勝国とはいえ、食料の配給も続いていた戦後の厳しい状況の中で労働党が国民に約束したのは、国民全員が力を合わせてだれでも公平に生きられる権利。高福祉高負担の政策によって、無料で受けられる国民医療制度、低所得者層のための公営住宅、雇用保険、貧民政策などが導入されたのです。

今でも階級社会が生き残るイギリスですが、当時は貧富の差はもっと激しく、貧民階級の人たちは病気になったり怪我をしてもお金がないので医師にかかることができないということが当たり前でした。それが、だれでも無料で医者にかかることがで医療になったのですから、国民、特に低所得者層がこれを歓迎したのも自然なことでしょう。

イギリスに国民医療を導入し、保健大臣をつとめたナイ・べヴァンは炭鉱夫の家庭出身で、自らも13歳から炭鉱夫として働きました。10人兄弟でしたが、そのうち5人が幼少時代に亡くなり、父も炭鉱夫特有の肺病で死に至るなど、庶民が医療サービスを受けられない苦汁を身をもって知っていたのです。

労働組合にかかわるようになり、労働党員から大臣となったべヴァンは野党保守党はもとより、労働党内一部や医者の反対を押し切ってそれまでには考えられなかった「医療の国有化」を押し切りました。

彼はこう語りました。

「病気になった人が経済的理由で医療援助を拒否されるような社会を、本当の文明社会とは呼べない。」

NHSでは、当初すべての医療が無償でしたが、のちに処方薬費用の一部や歯科治療の一部だけは自己負担となりました。とはいえ、これはNHS全体予算の2〜4%にすぎず、今でもNHS予算はおよそ95%を公的資金に頼っています。

1979年に政権が労働党から保守党にかわり、資本主義、市場主義を貫いたサッチャー政権が国有企業の民営化や公費削減を敢行していきました。国民の反対にも屈せず次々と福祉縮小政策を推し進めたサッチャーも、NHSの民営化には手を出せませんでした。国民の反発が目に見えていたからです。

けれども、この時期サッチャーはNHSを構造改革して予算をカットし、効率性を強いました。このためNHSサービスが低下し、医療スタッフが海外流出してしまうという結果になりました。

その後1997年にトニー・ブレア率いる労働党が政権を奪回すると、社会保険制度の立て直しが図られ、NHS予算も引き上げが行われました。保守党政権下でサービスが低下したNHSを立て直すため、年間10%以上の増額が行われたのです。その結果、救急医療の待ち時間や手術や入院のための待ち時間も短縮されるなど、改善傾向も見られました。しかし、NHSサービスが目に見えて良くなったかというと、そう簡単にはいきませんでした。

NHSの受診システム

イギリスでNHS医療を受けるためには、あらかじめGP(General Practitioner)と呼ばれる、かかりつけの医師や診療所に登録をします。そして、診察を受けたい場合に、まずGPに受診するための予約をし診療を受けるというシステムになっています。GPは「何でも屋」で、よくある病状や怪我の診療をし、必要な場合は処方箋を出してくれます。

GPが必要だと判断した場合は、専門医や総合病院に紹介してくれ、患者はもっと高度/専門的な治療や検査を受けたり、必要なら入院したり手術を受けたりすることになります。

逆にいえば、個人が自分からNHSの専門医や病院を選んで勝手に受診するということはできず、自分のGPを通してからでないと高度な検査や診察はしてもらえないということです。

ちなみに、救急の事故や病気の場合はGPにかかることなく自分で救急病院に直接行くことができます。また急を要する場合、救急車を呼べば救急病院に連れて行ってもらえます。とはいえ、救急病院に行って初期検査してもらった結果、その症状/病状が深刻でないと認められれば、同じく救急病院に駆け付けた人たちの行列に加わって自分の順番が来るのを待たなければなりません。夜間や週末などは、数時間待ちということもあり得るのです。

NHSの予算

NHSの予算はほとんど公費(税金)で賄われていますが、この分野の予算は戦後上昇を続けています。インフレーション調整後の計算で、60年前の10倍の予算を使っているのです。

1955/56年にはイギリスの公的予算のうちNHSに使われたのは11.2%にすぎませんでしたが、2015/16年には29.7%になっています。ちなみに、2017/18年度の予算は1,247億ポンドです。

イギリスで医療費がGDPに占める割合はおよそ9.8%ですが、これは必ずしも高い数字ではなく、EU諸国の平均よりも少ないのです。それでも年々増していくNHS予算はイギリスの財政を逼迫し続けています。

NHSの問題

「タダより高いものはない」といいますが、NHSでは無料ですべての人にすべての医療をほどこそうというのですから、財政的にどうしても無理が出てきます。

NHSが導入された戦後すぐの時代にくらべ、医療は格段に進歩してきています。医療技術の高度化にともない医療費が高騰し、人々の医療サービスに対する期待も要求も大きくなってきています。また、高齢者が増え長生きするようになったことで、長期的なケアが必要とされる慢性疾患患者も増える一方です。

こうした理由から、近年NHSは慢性的な資金不足を抱えています。医療従事者の給与も満足に払えないため優秀な人材は民間分野に行ったり、海外(たとえばアメリカやオーストラリア)に流出して人手不足となっています。

このような状況ではスタッフのモラルも低下し、人手不足を解消するため外国人医療スタッフに頼らざるを得なくなっています。地方ではまだイギリス人が多いですが、ロンドンなど都市部ではNHSの医者といったらインド人などの非白人がほとんどです。看護師やそのほかのスタッフも外国人の割合が増えてきており、東欧諸国からの労働者が多いため、EU離脱でNHSスタッフの確保が困難になるのではないかと懸念されています。

慢性的な人手不足と財政難の中、医療サービスへの需要は高まるばかりなので、高度な診療や手術など、緊急ではないが必要な医療サービスを受けるためには、ウェイティング・リストにのせられて何か月も待たなければなりません。

病院のベッド数もぎりぎりで対応しているため、冬期など悪性の風邪やインフルエンザが流行ったりすると問題が深刻化してきます。高齢者や病弱者の病状が悪化して入院の必要がある場合でも、ベッドが空かないので簡易ベッドに寝かされたまま数日間待たなければならないというようなことが起きてしまうのです。

とはいえ、私や家族、親しい人々がNHSにお世話になった時の個人的な経験や友人や知り合いから聞いた話に限って言うと、みんなNHSのサービスに概ね満足しています。緊急時の大手術や集中医療室での治療、がんの専門治療など、迅速で効率的、プロフェッショナルなサービスを無料で受けられ、ありがたいばかりです。

けれども手術のためのウエイイティングリストに数年ものっているとか、救急待合室で半日待ったとか、NHS医療に対してよくない経験も聞きます。NHSに関しては、どのような経験になるのかは病気・けがの状況、住んでいるところや運、タイミングにもよるのかもしれません。

イギリスのプライベート医療

イギリスではお金持ちでもNHSサービスを無料で受けられますが、お金を払ってでもよりよい医療を受けたいと思う人達は私立の医療機関を利用しています。全額自己負担のため、医療費は高いのですが、このために保険に入っている人もいるのです。米国は公的医療が提供されていないので、そういう人が多いですね。

イギリスには無料の公立学校があるのに、子供を私立学校に入れる人がいるのと同じことです。

一部の大企業ではプライベート医療を福利厚生の一部として負担するところもあります。現在はイギリス国民の約1割が私立医療保険を利用していますが、その多くは企業の福利厚生を通じてのものということです。

とはいえ、プライベート医療は小規模なクリニックが多く、専門的な設備が整っていないところも多いです。このため、はじめはプライベートで診察してもらっても、困難な症例や高度な手術になると、結局NHSの病院に行くことになるということもあります。

NHSのGPに行ってもその診療に信頼が持てなかったり、すぐに専門医や病院に紹介してもらえない場合は、とりあえず自費でプライベートで診てもらうという方法もあります。その医者がNHSの病院に紹介してくれるかもしれないからです。その場合は、NHSに紹介してもらった後の医療費はかかりません。プライベート医療機関では、NHSの医師が副業で働いていることもあり、そういう場合は特にこの移行がスムーズです。

イギリス国民のNHS支持

NHSは、自虐的ジョークの好きなイギリス人がやり玉に上げるネタの常連になるほど問題を抱えています。

たとえば、こんな感じ。

「NHSはゆりかごから墓場までの福祉を提供している。そして、政府はそのあいだの期間を減らしたいと思っている。」

GPにかかろうと思ってもなかなか予約がとれないとか、GPにかかっても專門の病院に紹介してもらえないとか、緊急ではない手術をするのに何ヶ月も待たされているとか、NHSに対する不平不満を聞く機会は多いのです。

それでも、イギリス人はNHSを圧倒的に支持していて、その制度を根本的に変えたいとは思っていないようです。「ゆりかごから墓場まで」の戦後福祉政策がことごとく骨抜きにされてしまった今、NHSは最後の砦と考えているふしがあります。

ロンドンオリンピックの開会式でもNHSがテーマの一つに選ばれたのを覚えている人もいるかもしれません。その時もイギリス人は文句を言いながらもNHSを誇りに思っているんだなと再認識しました。

イギリス人はフェアであること、公平さをことのほか大切にします。そして、それを守るためにはさまざまな問題をもガマンして頑張ってしまうところがあるんですね。NHSがいかに問題だらけでも、すべての人が公平に医療を受けられるというNHSシステムは正しいのだから、守らねばならないという気概が感じられます。

お金がないと医者にもかかれないというアメリカ式の低福祉低負担はこの国では到底受け入れられないでしょう。

イギリスNHSの改革

イギリス国民に支持されているNHSですが、その財源不足の問題は大きくなるばかりです。これから、医療技術はもっと進歩して医療コストが上昇するでしょうし、人々の医療サービスへの期待は大きくなります。それに、日本ほどではないにせよ、高齢化が進み医療費がかかる人たちが増えていくのですから。

個人的意見では、このまま公的予算でNHSの支出を支えるのはもはや限界に来ているのではないかと思います。これからは、払える人には医療費を一部負担してもらい、払えない人にだけ無償で医療を提供するといった方法を検討していくべき段階に来ているのではないかと、日本の国民健康保険制度を知っている私は考えます。

例えば一定の上限(10~100万円?)付きで医療費の1~3割を自己負担とするとか。もちろん子供や学生、低所得者層などは例外で、すべて無料とします。今でも歯科医療はこの方式でやっているので、それをそのまますべての医療に当てはめればいいだけです。

でも、こういう提案をイギリス人にもちかけると、大体みんな「とんでもない」と反対します。キリスト教信者が少数派となったイギリスで、NHSはもはや国民宗教になっているのではないかという感があるのです。

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