世界保健機関(WHO)によると、毎年世界中で600万人が喫煙によって死亡しています。このため世界中で喫煙規制が進んでいて、多くの国で屋内の公共の場所での完全禁煙が実施されています。日本の喫煙率は年々減少の傾向をたどっていて今ではOECD平均並みの19.3%となっています。しかし、日本では屋内の喫煙規制が遅れていて受動喫煙対策が「前世紀並み」と評価。2019年のラグビーW杯、2020年の東京オリンピックに向けて室内完全禁煙を求める声が多く上がっています。
Contents
日本の喫煙率 世界の喫煙率
OECDの2015年の先進国における喫煙率調査(自己申告による15歳以上の喫煙率)によると、日本の喫煙率はOECD平均の19.7%をやや下回る19.3%です。日本の男性はOECD平均を上回る30.1%ですが、女性では平均を下回る7.9%となっています。
OECD諸国の平均喫煙率を見ると男女合計で19.7%、男性で24.2%、女性で15.5%となっています。
2017年にJTが行った全国たばこ喫煙者率調査では喫煙率は男女計で18.2%となっています。男性が28.2%、女性は9.0%という結果で男女とも率が減少しています。喫煙人口でみると、2017年の喫煙人口は男性1,426万人、女性491万人、合計1,917万人となっています。
日本の喫煙人口は年々減っていて、過去30年でだいたい半減した計算になります。特に男性の喫煙率は1966年のピーク時の83.7%からほぼ一貫して減少を続けているのに対し、女性の喫煙率は10%台前半で横ばい状態で推移しています。
なお、一日当たりの平均喫煙本数は男性で18.1本、女性で14.7本となっています。
年代別喫煙率や喫煙率の推移
年収別でみると男女ともに年収が多いほど喫煙率が下がる傾向にあり、これはほかの先進諸国と同様です。世代別にみると30代~50代の男性の喫煙率が40%前後と高い水準になっていますが、20代では男女とも低い水準になっています。
日本の喫煙率の減少の要因としては喫煙が健康に及ぼす悪影響についての認識が広まったことや若者のタバコ離れがあげられるでしょう。近頃の若者は喫煙に対してあまりいいイメージをもっていません。
昔は映画や雑誌で有名人がタバコをくゆらせているのに憧れる人が多かったのですが、最近ではタバコは「臭い」「かっこ悪い」「だらしない」といった印象を与えるようです。欧米諸国でも喫煙率が下がり若者が憧れるセレブや成功者たちに喫煙者が減ったのも影響しているでしょう。
厚生労働省では2010年までに日本の喫煙率を20%以下とする目標を掲げていましたがこれは達成されました。今度は12.2%という目標を設定しています。
WHOによる喫煙規制の取り組み
WHOによると、毎年世界中で700万人が喫煙によって死亡しています。このうち600万人以上が喫煙者、89万人は受動喫煙によって死に至った人々です。このままでは2030年には毎年800万人がタバコによって死亡すると予測されています。
喫煙によって、医療費は高騰、労働生産性も低下するため、経済的にも損害をもたらします。タバコ栽培には大量の殺虫剤と化学肥料が投入されるため水質源も汚染され、タバコ生産工場から排出される廃棄物は毎年200万トンに上ります。
WHOによると、紙巻タバコ1箱の税金を1米ドル増やすことによって、開発や成長に使える資金が1900億米ドル生まれます。タバコ税増税によりたばこ消費を減らすと同時に、政府の歳入を増やすことができ国の開発や成長に使える資金を確保できます。
喫煙の害は喫煙者だけにとどまりません。タバコから出る副流煙にさらされることで、冠動脈疾患、脳卒中、肺がん、乳幼児突然死症候群、急性呼吸器感染症、仲尼疾患、ぜんそく、呼吸器疾患、機能低下などを原因とする疾患につながります。受動喫煙の害は子どもには特に有害で、受動喫煙による死亡者の28%が子供です。
WHOでは2005年にFCTC「たばこ規制の枠組み条約」を導入し、世界人口の90%をカバーする181か国が参加しています。
世界の喫煙規制対策
2004年にアイルランドが屋内禁煙を導入してから、諸外国の禁煙対策は進んでいます。WHOの調べによると2014年時点でイギリス、オーストラリアなど49か国が職場や官公庁、レントラン、パブ、バーなどの飲食店を含む公共の場所で完全禁煙を実施しています。違反者には罰則が課されます。米国では国全体の法律はありませんが、2015年時点で全50州のうち37州で職場が、38州でレストランが禁煙となっています。
諸外国に比べ日本の禁煙対策は世界でも最低レベルで「前世紀並み」と評価されています。ネパールのような低所得国でも屋内完全禁煙法が施行されており、これに比べ日本は大きく遅れています。
日本では屋外での喫煙対策は規制されているところが多いのですが、屋内では今だに分煙にとどまっているところが多く全面禁煙を導入しているところが少ないのです。
喫煙専用室を設置するなどの分煙政策については、受動喫煙予防にあまり効果がないとわかっています。
北京市も2008年の五輪開催直前に部分的禁煙を施行しましたが、受動喫煙の状況に変化がないことがわかりました。そのため、のちに屋内完全禁煙に切り替えました。
スペインでも同様に部分喫煙を試みたものの効果がなかったため、2011年から飲食店での完全禁煙を導入しています。
喫煙規制はどの国でもここ10~15年くらいの間に導入されたものですが、人は驚くほどはやく慣れてしまうものです。
たとえばイギリスでも禁煙導入前はパブでタバコが吸えないとなると客足が遠のくのではないかと危ぶまれていました。お酒とたばこの関係性が高いと思われていたからです。この点ではお酒好きということで有名なアイルランドで一足先に禁煙が導入されていたので、お手本が示されていたのがよかったのかもしれません。
蓋をあけてみると何ということはなく、今やパブで飲んでいてタバコが吸いたくなった人は外に行って吸うのが当たり前になっています。
逆に飲食店がすべて禁煙になったことでいちいち確認しなくてもいいようになり、家族連れもタバコの煙がきらいな人も安心してパブに入ることができるようになりました。
昔はタバコの煙でもうもうとして、おじさんだらけだったパブも客層が変わってきました。おいしい食事を売り物にしておしゃれな雰囲気を醸し出すガストロ・パブやお子様向けメニューを用意したり庭に子どもの遊び場を設けたりして家族連れを取り込もうとするところなど、さまざまなパブが出てきたのも室内禁煙が当たり前になったからこそです。
五輪やラグビーW杯が好機に?
世界各国で進む喫煙規制はWHOのFCTC「たばこ規制の枠組み条約」のほかに、オリンピックも重要な要因となっています。
国際オリンピック委員会(IOC)はWHOと共同で「たばこのない五輪・パラリンピックの実現」を推進しています。ブラジルのリオデジャネイロでは2009年に屋内禁煙となり、ピョンチャン冬期五輪に向けて韓国でも2015年にすべての飲食店が禁煙になりました。
日本では2019年にラグビーW杯、2020年に東京五輪が予定されていて、世界的にも遅れている喫煙規制をすすめる絶好の機会となっています。政府をはじめとする各関連機関や運動団体も日本でのタバコ規制対策について話し合いをすすめてきました。
日本の場合、やけどやポイ捨て防止のために屋外での喫煙規制が先行してきた一方、屋内での喫煙規制が遅れています。
日本では路上喫煙が禁じられているところが多いのですが、これは世界的に見ると珍しい例で、諸外国では原則として屋外では喫煙規制がありません。ロンドン、リオなどでも屋外での喫煙規制は原則としてなかったし、IOCも屋外規制は求めていないのです。
欧米ではテラス席などの屋外では喫煙できる場合が多いのですが、日本ではそもそもテラス席はあまり一般的ではありません。屋内で喫煙ができないとすると、どこでタバコを吸えばいいのかという問題が出てきます。
外国人訪日客は街にタバコの吸い殻が落ちていないことに好印象を受けますが、喫煙者は屋外のどこでタバコを吸っていいのかがわからず、屋外喫煙所の増設や案内の充実を望む人も少なくありません。
日本での喫煙規制
東京五輪に先立ち日本でも喫煙規制をすすめようと、健康増進法の改正案が議論されてきました。けれども、飲食店などの業界や多くの議員が屋内全面禁煙に反対していてなかなか合意が得られませんでした。
「禁煙が憲法違反に当たる」と主張する国会議員もいれば「喫煙と肺がんに関連性はあるのか。」と疑問を掲げた麻生太郎財務相のような議員もいました。
結果的に合意を得た規制は全面的な屋内禁煙ではなく折衷案となりました。
受動喫煙を減らすために、小中学校や病院、官公庁、駅・空港などは屋内を全面禁煙にする規制は2019年ラグビーW杯前に導入されました。
それ以外の事務所などは屋内に喫煙所の設置を認め、東京五輪前の2020年4月に施行し5年後に見直す予定とされています。
飲食店については資本金5000万円以下の中小企業や個人が運営する既存店のうち、客席100平方メートル以下の店で喫煙を認めるとしています。これに該当する店は現在5割超と推計されており、新規店ができるに従って、入れ替わりで喫煙ができる店を減らしていく方針です。
新規や大手のお店でも加熱式たばこなら分煙を認めるということですが、紙巻きたばこは密閉された喫煙所でしか吸えないことになっています。
全面禁煙にしたら客が減るのではないかと心配する飲食店の気持ちもわかりますが、イギリスでの例を見てきた私としてはそれは取り越し苦労だと思います。
思い切ってすべて禁煙にしても人はすぐそれに慣れていくものだし、飲食店に入るたびにいちいち確認しなければならないのでは喫煙者、非喫煙者にとって共に煩雑です。
また、全面禁煙化により外食ビジネスは逆に伸びるという見方もあります。日本でも喫煙者は18.2%ともはや少数派で、喫煙率はさらに低下の傾向を示しています。タバコの匂いを不快に思う非喫煙者は多いし、子ども連れになるとなおさらです。
禁煙に伴う飲食店の売り上げについてアメリカでの調査によると、禁煙規制はレストラン、バーなどの飲食店やホテルなどの売り上げに影響がないことがわかっています。逆に売り上げが増えたところもあるということです。
日本で大手チェーンだけでもマクドナルド、ロイヤルホスト、モスバーガー、くら寿司、はま寿司、CoCo壱番屋、松乃屋など全面禁煙を導入するところが増えてきました。その結果、ロイヤルホストなどでは家族連れや主婦、年配の客が増えて売り上げが上がるという好結果につながりました。
東京都の禁煙対策
子どもを受動喫煙から守る条例
東京都では家庭内の子供がいる部屋や車の中で禁煙を求める規制を作りました。
都議会は2017年10月に条例を可決し、2018年4月1日から施行されています。この条例には罰則規定はありませんが、18歳未満の子どもがいる私的空間で禁煙を促す全国初の条例で加熱式たばこも対象にしています。
また、学校や公園、小児科病院なども禁煙にし、保護者は受動喫煙対策のないところに子どもが立ち入らないように務めるよう求めています。
東京都の2017年の調査では都内の飲食店のうち全面禁煙としているのは44.7%、分煙と合わせると64%になります。店の入り口に禁煙、分煙がわかるスティッカーを張ることが義務付けられています。
東京都受動喫煙防止条約で飲食店禁煙に
東京都では2018年6月27日に議会で東京都独自の受動喫煙防止条例案を可決しました。東京五輪直前の2020年4月に全面施行となります。
この条例は店の規模にかかわらず、従業員を雇っている飲食店は原則として全面禁煙というもの。飲食のできない喫煙専用室の設置は認めるため、都内飲食店の84%が規制対象になる見通しです。
また、都条例は「敷地内禁煙」として、病院や学校、官公庁では敷地内禁煙となります。屋外への喫煙場所設置は可能です。
なお、改善命令に従わない施設管理者や禁煙場所で喫煙を続けた違反者には5万円以下の罰金が適用されます。
加熱式たばこについては「受動喫煙による影響が未解明」という理由で、罰則は適用せず、加熱式のみを喫煙できる禁煙専用室で飲食可能としています。
日本は喫煙天国?
屋内喫煙の規制が一部の店舗に限られているだけではなく、日本はあらゆる面で喫煙天国です。
禁煙の取り組みについて日本では受動喫煙の害を主に問題にする傾向がありますが、イギリスでは喫煙行為そのものを否定するようになっています。本人や周りの健康が脅かされるだけでなく、それによって国の医療制度への負担増につながるという理由からです。
日本ではコンビニなどで簡単にタバコが買えるし、タバコの自動販売機もいたるところにあります。
何よりタバコの値段が驚くほど安く、イギリスで約1400円、オーストラリアで2000円以上するマルボロが一箱510円で買えるのです。
イギリスでは喫煙者に対する風当たりは政府からも一般国民からも厳しいものになっています。高い税金のせいでタバコ代が年々高くなっていくだけでなく、タバコのパッケージからロゴを外し、『Smoking Kill』 (喫煙は死に至る)などの警告や喫煙によって侵された臓器などの写真を載せ、店舗ではタバコの棚に扉を付けて一般客の目に触れないように隠されています。
屋内はもちろん、公園などでも禁煙となっているところは多く、バス、電車、飛行機、タクシーなどの交通機関も職場も原則としてすべて禁煙です。
私が働いていた職場では当初存在していた「喫煙室」が取り払われ、喫煙者は外でタバコを吸わなければならず、その時間を非勤務時間として計上しなければなりませんでした。
といってもタバコを吸う人はそもそも少数でした。チャーチルが葉巻をすぱすぱやっていたのは一昔前の話で、イギリスでは高学歴者や高い地位についているものほど喫煙率が低く、もはやタバコを吸わないことがステータスシンボルとなっています。
日本の喫煙対策
イギリスの喫煙対策に慣れてしまっている私はたまに日本に帰ると不便に思います。
レストランに行くと「禁煙席」「喫煙席」と書いてあるだけでタバコの煙は狭い屋内に漂うがままになっているし、駅など「禁煙」と書いてあるところで堂々とタバコを吸っている人が少なくありません。また、ホテルの「禁煙室」があいておらず、やむを得ず「喫煙室」に泊まるか、高い料金のものを選ぶしかなかったりすることもあります。
オリンピックやラグビーワールドカップの開催でせっかく法律改正の機会があったのに、飲食店などで屋内全面禁煙を導入できなかったのは機会損失だと思います。
そもそも喫煙者が20%を割り、減り続けているのだから禁煙にすると売り上げが減るという論理は通用しないのではないでしょうか。分煙すればいいといっても完全に受動喫煙を防ぐのは不可能だし、だいいち喫煙客を相手にする従業員の受動喫煙問題は解消しません。
また、どの店が禁煙か喫煙かなどが分かりにくく喫煙者、嫌煙者共に不便です。
東京五輪を待たずとも、訪日外国人は年々増えています。イギリス人だけでなく外国人の中には「嫌煙」を当然の権利として強く主張する人が少なくありません。喫煙に対するルールを改めて考え直したり、各店舗の喫煙・禁煙ルールを店頭に英語、中国語、韓国語などで明確に表示しないといけないでしょう。
「喫煙者の権利はどうなるのか」という問題ですが、自分だけでなく愛する家族や他者の健康を害してまでも主張すべき権利なのですかと逆に問いたい。
日本のタバコの税収は年間約2兆円、タバコの売り上げに伴う消費税2900億円を加えるとおよそ2兆4400億円がタバコ関連の収入ということになります。
この税収入を使って禁煙教育や啓蒙、禁煙したい喫煙者に対するアドバイスやサポート方策を導入して、より一層の禁煙対策を実行してはどうでしょうか。
関連記事