忌野清志郎の命日に:自転車熱は50歳から「ツール・ド・奥の細道」

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5月2日は偉大なロック・ミュージシャン忌野清志郎の命日です。RCサクセションを筆頭に数々のバンドを率い、日本の「ザ・キング・オブ・ロック」として名をはせた清志郎は50歳になってからロードバイクにはまりました。2002年には彼の「ツール・ド・奥の細道」という自転車旅がテレビ番組になりましたが、この懐かしい番組が今年再放送されるので、この機会にご紹介します。


忌野清志郎のプロフィール

名前:忌野清志郎
本名:栗原清志
生年月日:1951年4月2日
死没:2009年5月2日(58歳没)
死因:癌性リンパ管症
出身地:東京都中野区
身長:168㎝
血液型:A型
職業:シンガーソングライター、音楽プロデューサー
担当楽器:ボーカル、ギター、ウクレレ、ハーモニカ
ジャンル:ロック、R&B、ブルース
バンド:RCサクセション、DANGER、THE TIMERS、など多数
共同作業者:中井戸麗市、三宅伸治、井上陽水、ブロックヘッズ、スティーヴ・クロッパー

忌野清志郎は高校生の時フォークバンドを結成、そののちビートルズにあこがれ、ブルースやR&Bを基調とするロックミュージックを展開しました。1970年RCサクセションを結成し活動を続けます。デビッド・ボウイやパンクの影響も受け、サイケデリックなファッションで独自のライブを繰り広げコアなファンを魅了しました。

常にメジャーとは一線を画し、反戦反原発などメッセージ性の高い曲を歌い、ステージで「愛しあってるかい。」と叫び、時には物議をかもすような言動をもしました。

いくつものバンド活動、ソロ、コラボ、楽曲提供など精力的に活動を続け、圧倒的なカリスマ性で最後までファンを惹きつけてやみませんでした。

つんくも患った喉頭がんが死因

最近歌手のつんくが喉頭がんの手術をしたことが大きな話題になっていましたが、忌野清志郎も喉頭がんを患っていました。

喉頭がん患者の喫煙率はほぼ100%に近く、ほとんどの場合喫煙ががんの原因だと言われます。清志郎は喉頭がんと診断される前は禁煙していたそうですが、それ以前は1日30本以上のタバコを吸うヘビースモーカーだったということです。

つんくは声帯摘出手術をして声帯を失ったのですが、清志郎は声帯を摘出すると声が出なくなると宣告され、歌をあきらめたくないため手術の選択をしませんでした。
2006年7月に公式ウエブサイト「地味変」で喉頭がんであることを発表したのち、音楽活動を休止し入院した清志郎は放射線や抗がん剤での治療を始めました。しかし、放射線治療をしてしまうと歌うことが困難になるということが分かり、のちに代替医療へと切り替えました。

治療のかたわら音楽活動も再開していましたが、2008年にはがんが左腸骨へ転移、2009年2月に体調が悪化して再入院。同年5月2日に癌性リンパ管症のため亡くなりました。58歳という早すぎる死でした。

9日に行われた葬儀には桑田佳祐、竹中直人、大竹しのぶなどおよそ1000名が参列し、一般ファンも35,000人が別れを告げに訪れました。

忌野清志郎の墓は高尾霊園高乗寺にあります。

家族

清志郎は不遇時代から交際を続けていた栗原景子さんと30代半ばで結婚していました。
2人の間には2人の子どもがいます。
長男の栗原達平、長女の栗原百代です。

清志郎が音楽活動をしていたときは自らのプライバシーを公表しませんでしたが、実は子どもたちは清志郎の音楽活動にも参加していました。
長男は「Baby#1」で、長女は「プリプリ・ベイビー」でコーラス参加をしていたのだそうです。

サイクリング・ブルース

忌野清志郎がロードレーサーにあこがれたのは中学生の頃。けれどもその後、音楽活動に打ち込み自転車とは無縁の世界に。そして、再びサイクリングにはまったのは50歳になったころです。

その理由は子供のため。
雪崩に遭った息子を80歳の父親が吹雪の中を探し回り無事に救出したというニュースを聞いたのがきっかけだそうです。

清志郎も「いざという時に、自分の子どもを助けられるだけの体力を持ちたい。」と思ったのです。もう若くはない年代になっていた清志郎は自分の体力に自信を取り戻したいとの思いで、50歳の誕生日に自らへのプレゼントとして自転車を購入しました。

清志郎は「サイクリング・ブルース」という「自転車愛入門書」まで出しています。
この本では、LSD(Long Slow Distanceつまり長い距離をゆっくり走る)スタイルのサイクリング旅行についての写真や文、またライデイングスタイルやバイクメンテナンス、ストレッチまで、詳しく説明してくれているのです。

その本にはこんな一節が。

どんな険しい坂道も長い道のりも、いつかは着くだろうと、ゆるい気持ちで走ることが大切だ。

これは人生にも言えること。

NHK『ツール・ド・奥の細道』

忌野清志郎が51歳の秋、松尾芭蕉の足跡をたどる自転車旅に出たときの様子が2002年にテレビ番組になり、当時反響を呼びました。

東京の深川から秋田の象潟まで、10日間1000キロの道のりを竹中直人、岸本多万重の語りで伝えています。

この番組は2002年に放送されたものですが、今回再放送が決定しました。

BSプレミアムで放送されます。

『プレミアムカフェ ツール・ド・奥の細道 忌野清志郎』

NHK BSプレミアム 2018年5月3日(木)午前9:00~10:16

NHK BSプレミアム 2018年5月4日(金)午前 0:45~2:01 (3日深夜)

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