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イギリスEU離脱で日産工場に影響:Brexitで被害をこうむる人たち

Car Factory

日産がイギリス北東部サンダーランドにある工場で生産予定だった新車種を代わりに日本で生産すると発表しました。イギリスのEU離脱期限が迫り混乱を極めている国内では、この発表は不安を駆り立てるニュースとなっています。サンダーランドはブレグジット国民投票の時は離脱支持派が多かった地域ですが、どうしてそうだったのかということもふまえて、イギリスのEU離脱によって被害をこうむるのがどういう人であるのかということを考えてみたいと思います。

Contents

日産サンダーランド工場

サンダーランドがあるイギリス北東部は産業革命の後、造船業や炭鉱産業などで栄えた地域ですが、1960年代以降の産業構造の変化により地方経済の衰退にあえぎました。当時のこのような地方工業都市の様子は『パレードへようこそ』『フル・モンティ』『リトル・ダンサー』などのイギリス映画に描かれていますが『リトル・ダンサー』でビリー・エリオットが育ったダーラムがちょうどサンダーランドがあるイングランド北東地域になります。

この地域にもあった炭鉱が「鉄の女」サッチャー首相の政策で閉鎖され、炭鉱夫をはじめとする一家の大黒柱の男性が一斉に失業しました。サッチャーは失業者であふれる地域に代わりの産業を誘致するため、日本の自動車企業などに働きかけました。その結果、トヨタ、ホンダと共にイギリスに進出を決めた日産がサンダーランドに大きな工場を建てたのです。

今から15年くらい前にサンダーランドの近くにあるダーラムに行ったとき、パブで会った年配の男性が「君は日本人?」と話しかけてくれたのを覚えています。その人は「日産がここに来てくれたおかげでこの辺りは本当に助かった。その前は失業者があふれていて大変だったんだよ。」と日本人である私に話してくれました。

サンダーランドの日産工場では約8,000人の従業員が働き、年間約50万台の自動車を生産しています。生産した車の8割は輸出用で主な輸出先はEU諸国。サンダーランド工場では2016年に新車種エクストレイルの製造計画が発表され、さらに数百人規模の新規雇用が生まれると言われていました。

2013年キャメロン首相が日産サンダーランド工場訪問

日産新車種製造計画撤退の発表

日産は2019年2月3日にエクストレイルの次期モデルをサンダーランドで製造する計画を取りやめると発表しました。このモデルは代わりに福岡県の工場で生産することになったのです。その理由として日産は、ディーゼル車の需要が落ちたことなど商業的なものもあるとはいえ、ブレグジットをめぐる不透明感が続いているため将来の見通しが建てられないためとも語っています。

イギリスがEUを離脱すると、イギリスからEUへの自動車輸出には10%の関税がかかることになります。一方EUと日本のEPAは2019年2月1日に発効したばかり。日本からEUへの自動車輸出の関税はこれまで10%だったのが暫時撤廃となります。サンダーランド工場で生産する自動車の主な輸出先がEU諸国である事を考えればイギリス工場の競争力が低下する可能性は否めません。

サンダーランドというところ

日産サンダーランド工場では次期モデル製造計画を撤退するといっても直ちに人員整理を行うことはないとしていますが、地元では将来への懸念が高まっています。この地域にはサンダーランド工場で働く従業員8000人の直接雇用だけでなく、日産関連企業で働く人もたくさんいるし、日産関連企業の労働者が地元で落とす間接的な経済をも考えると、日産工場はサンダーランドで大きな影響力を持っているのです。

そんなサンダーランドですが、2016年に行われたEU離脱を問う国民投票では61%が離脱票を投じました。日産によって地元経済に大きな恩恵を受けている人たちの多くがどうしてEU離脱を望んだのでしょうか。サンダーランドのような地方工業都市は伝統的に労働党支持が多くコービン党首は圧倒的に人気があります。国民投票では労働党も一応残留を支持してはいましたが、コービンはあまり熱心なEU派とはいいがたく、そのことはみんな感じていたでしょう。彼らは同時に保守党や「ロンドン・エリート」を嫌う傾向にあります。ことに保守党が導入した緊縮財政のもと、公共福祉や地方自治体補助金の引き締めのため地元にお金が回ってこないことに対する抗議票の意味合いもあったでしょう。

さらに日産工場に限っていえば、サンダーランド工場はヨーロッパの中でも一番大規模で生産性が高く、設備投資も盛んに行われていました。日産工場で働く人たちはイギリスがEUを離脱するようなことがあっても、これだけ羽振りのいい工場が悪影響を受けるとは思わなかったのではないでしょうか。

EU離脱派とはどんな人たちか

国民投票でEU離脱を選んだ人たちというのは全員が同じような人ではありません。地理的にも支持政党も階級も異なる様々な人たちがいます。

その中でも一番目立ち、リーダー的な役割をしたのがボリス・ジョンソンやファラージのような裕福な「Southern=南の」エリート。彼らを応援するのは有り余る資産をタックス・ヘイヴンに持つ富裕層や企業です。どうして彼らはEU離脱を支持するのでしょうか。それはこれまで支払わなくてもよかった税金をEUの厳しい条例によって避けることができなくなるからというのが大きな理由です。

2016年1月にEUは租税回避条例(The Anti Tax Avoidance Directive)を導入し、無税または税金の低い国にペーパーカンパニーを作って資産を持つことで税金の支払いを免れている個人や企業の抜け穴をふさごうとしており、この条例は2019年1月に施行されました。イギリスがEUに残れば多額の税金を払わなくてはならなくなる人たちがいるのです。それでEUから離脱したいのですが、それには大多数の国民の支持が必要であり、そのためには彼らがEUを離脱したい本当の理由(税金のがれ)を口にすることはできません。

このため、彼らは潤沢な政治資金を使い効果的にキャンペーンを繰り広げ、EUがいかに官僚的で非民主的、イギリス国民から金も主権も国境コントロールも奪う存在であるかを吹聴しました。特にEUのおかげでイギリスに大量に移民が押しかけ国の医療、教育、サービスなどに負担をかけ、失業率や犯罪率は上がり給料は下がるという危惧を大げさに語り、そういう話をタブロイド紙があることないこと書き立てたのです。

これに追随したのが中高齢の保守的なミドルクラスの人たちです。大英帝国の時代に築いた富を何代にもわたって譲り受け「古き良き英国」をガイジンから守りたいと思っている人々。彼らはもうすでに持ち家もあり、年金や貯蓄もあるので地域経済が衰退し労働者世代に仕事がなくなろうとあまり関係がありません。礼儀正しく決して人種差別的発言をするような人たちではないけれど、内心は女王様のイギリスが一番であり、外国人とは積極的に付き合いたくないと思っているのです。

私はEUという組織をいかに問題のあるものだとしても支持したいと思っているし、イギリスでは自らが移民でもあります。なので、国民投票でイギリスがEU離脱を選んだと分かった時は心底がっかりしました。そして、EU離脱派の人達とは相いれないと思っていました、特に上記の2種類の人達とは。

けれども。イギリスEU残留派の私が、国民投票のあと日がたつにつれて、離脱派の人たちに共感を覚えることが多くなってきたのです。離脱派といっても、反移民の極右派でもないし、ミドルクラスの白人高齢者でもないし、税金逃れをしたい「南」のエリートでもありません。そうではなくて、サンダーランドの日産自動車工場で働くような「Northern=北の」労働者たちのことです。

イギリスの北と南

イギリスでは「Southerner=南部出身者」と「Northerner=北部出身者」を対照的に語ることがよくあります。「南」の人の典型はロンドンやその郊外に住む学歴が高い富裕層で「北」の人は地方に住む田舎者といった感じ。「南」の人は高学歴で洗練されていてポッシュな言葉を操りビジネスや学術界で成功していたりして、その頂点に立つのが貴族出身のアッパークラス。「北」というと地理的にいう北かなとも思うかもしれませんが、バーミンガムなども「北」であるわけで、どちらかというと産業革命で発達した工業都市がそれにあたるかもしれません。いくら北にあってもヨークのような古都や湖水地方のような自然が美しい田舎は「北」的ではないのです。

「北」と「南」の特徴を表すとしたら?

「北」North=現実的、労働者、公立学校、低学歴、起業家、冒険的、科学的、努力、倹約、質素、正直

「南」South=伝統的、私立高学歴エリート、プロテスタント、貴族、田園的、ポッシュ、礼儀、プライド

産業革命の後、急速に発達したマンチェスターのような「北」の街は1960年代以降は景気が悪くなり1980年代に至るまで衰退していました。「南」のロンドンではシティーを中心にして金融業やビジネスで繁栄が訪れ、グローバリゼーションでさらに富が集まったものの、それはロンドンと南東部の一部の地域に限られていました。「北」ではかつての工業がなくなって失業者が増え、コミュニティーがばらばらになり、繁栄に見放されたのです。少しは景気が戻ってきたかと思ったら保守党が政権を取り小さな政府を目指して緊縮財政を始めました。それによって公共投資が大きな比重を占める地方経済はしぼむ一方でした。

そんな状況のもとで行われた2016年の国民投票。与党保守党をはじめとする残留キャンペーンはEUを離脱することによる経済的な損失の深刻さを訴えましたが「経済のためにEUに残ろう」というキャンペーンは持たざるものには響きませんでした。「南」のエリートがいかに国のGDPが3.3%減少するとか、離脱によって世界経済にまでダメージを与えると言っても「北」の低所得層には関係ありません。もともとグローバルな経済から富を得てなかったのですから。それどころか富がますます「南」に集まり「北」は見放され政府にも見向きもされていないと感じていたのです。

国や世界経済の繁栄に興味のない「北」の労働者階級の人達にとっては、すぐ近所に移民が越してきて自分たちの職を奪ったり、賃金が安くなったり、病院のベッドや学校の空きが不足したりすることは実際的な問題となります。EU離脱派の煽動的なキャンペーンを聞いていると、自分たちのつつましい生活水準をこれ以上下げないためにはブレグジットしかないんだと思うようになったのではないでしょうか。それが事実でないとしても。

このような「北」の人達はこれまで声なき人々でした。彼らが政権に何を言おうが無視されてきたのです。そんな中、現政権に物言いたいという抗議票の意味合いで離脱に投票した人もたくさんいたでしょう。

離脱派労働者たちは騙されたのか

「南」のエスタブリッシュメント残留派の中には「北」の離脱派を「Stupid Northerners」 とばかにする人もいます。イギリスがEUを離脱したらイギリス経済は低迷し、自分たちの職も奪われてしまうかもしれないのに離脱に投票するのはばかげているというわけです。けれどもこのような離脱派の人達はそもそもグローバリゼーションからの恩恵を受けているとは感じておらず、お金を持っている人たちにEU離脱で損をすると言われても、どこ吹く風。炭鉱閉鎖の時代を生きてきた彼らにするとブレグジットの悪影響など屁でもないと思うのでしょう。それよりもエスタブリッシュメントに物申すために抗議票を入れ、その結果初めて自分たちの声が通ったと思い溜飲を下げている人もいたのでは。

「離脱派はボリスやファラージやタブロイド紙のプロパガンダに騙されたのだ」という人もいるし、実際にそういう人もいたでしょうが、離脱派の多くはどの政治家もメディアも信じず、ただ単に自らの信念にそって離脱に票を投じただけなのかもしれません。

このように考えてみるとイギリスのEU離脱支持層の背景はフランスで毎週末繰り返される「黄色いベスト」のデモや米国のトランプ支持者のそれにも通じるものがあるようにも思えます。都市部の裕福なリベラル・エリートに対し、取り残されていると感じる地方の庶民たちの反抗という点で。

EU離脱で被害をこうむるのは誰か

EU離脱で直接的な被害をこうむるのはボリスやファラージ、リース・モグのような強硬離脱派エリートではありません。彼らにはすでに余るような資産があるし、イギリスがEUを離脱しても私的財産が安泰なように投資アドバイザーがついています。リース・モグ議員が共同経営する投資会社はアイルランドにファンドを新設し、ハードブレグジットに向けてクライアントに投資をすすめているのです。中には自ら、または家族がEU市民権を取得するべく手配している離脱派エリートもいます。

かたや、国民投票で離脱派が過半数を占めた「北」のサンダーランドでは今回の日産の新車種製造計画撤回で職を失うことになるのではないかと心配している人たちがいます。政府や「南」のエリートに抗議する意味で入れた投票の結果が自らの首をしめることになるとは思わなかったと後悔している人もいるでしょう。イギリスがEUを離脱するとなると、今すぐ仕事がなくなるわけではなくても、長い目でみたらサンダーランドの工場の競争力はどうしても落ちるであろうことは想像できます。

いつの時代にもエスタブリッシュメントに翻弄され、辛酸をなめてきた「北」の人たち。こういう人たちこそがブレグジットで一番損をする人たちなのです。国民投票の前、労働党は、コービンは、この人たちにもっと寄り添う形でEU離脱について話し合うことはできなかったのだろうかと、それが残念です。保守党政府には反発しても、コービン率いる労働党が言うことなら彼らは耳を傾けただろうから。

ここまで書いて、ダーラムのパブで「日産のおかげでこの辺りはとても助かっている。」と言ってくれたおじさんは今頃どうしているだろうかと、ふと思い出しました。あのおじさんたちやその家族の生活が脅かされないように祈るばかりです。

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