サンフランシスコ市に建てられた慰安婦像に抗議して、大阪市長がサンフランシスコ市と姉妹都市関係の終了を宣言しました。1957年から60年も続いた姉妹都市を解消するほどまでに発展した慰安婦像問題とはどういうものなのでしょうか。このニュースは日本や米国だけでなく広く世界中に報道されましたが、海外では慰安婦問題についてどのような反応となっているのでしょうか。
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サンフランシスコ慰安婦像の背景:慰安婦問題とは?
そもそも慰安婦像というのはどうしてできたのでしょうか。その背景となる慰安婦問題について簡単に説明します。(詳しくは下記の記事を参考にしてください。)
慰安婦像は韓国その他に設置されている旧日本軍の慰安婦を模した銅像です。慰安婦というのは第二次世界大戦中、従軍慰安婦として日本兵のための売春宿で働いていた韓国人を主とする女性たちのことです。
これらの慰安婦の連行は日本軍の戦争犯罪であったとして、韓国の団体が日本を抗議するために慰安婦像を設置し始めたのです。ソウル日本大使館前に設置されたのを皮切りに、中国、台湾、米国、カナダ、オーストラリア、ドイツなどに50以上が設置され、日韓の外交問題に発展しています。
サンフランシスコの慰安婦像
2017年9月22日にサンフランシスコ市の公有地となる予定のセント・メリーズ公園の展示スペースに慰安婦像と碑が設置されました。
その慰安婦像は、中国、韓国、フィリピンの3人の若い女性が台座の上で手をつないでいるものです。そのそばには、韓国の運動家であった故・金学順(キム・ハクスン)を模した女性の銅像が立っています。これは1930年代前半から1945年まで日本人兵士が「慰安婦」を性奴隷として扱った歴史を表したものとされており、そのことについて説明する碑文も設置されています。
英語で書かれた碑文の全文は以下の通りです。
“Our worst fear is that our painful history during World War II will be forgotten”
––former “Comfort Woman”This monument bears witness to the suffering of hundreds of thousands of women and girls, euphemistically called “Comfort Women,” who were sexually enslaved by the Japanese Imperial Armed Forces in thirteen Asian-Pacific countries from 1931 to 1945. Most of these women died during their wartime captivity. This dark history was hidden for decades until the 1990s, when the survivors courageously broke their silence.
They helped move the world to declare that sexual violence as a strategy of war is a crime against humanity for which governments must be held accountable.
This memorial is dedicated to the memory of these women, and to the crusade to eradicate sexual violence and sex trafficking throughout the world.
Gift to the City from the “Comfort Women” Justice Coalition
Collection of the City and County of San Francisco
この碑文の日本語訳は以下の通りです。
「私たちが最も恐れることは、第二次大戦中に私たちが経験した痛ましい歴史が忘れ去られることです」
この記念碑は、1931年から1945年までアジア太平洋の13カ国で日本帝国陸軍の性奴隷となった数十万の女性や少女の苦悩をあらわしています。これらの女性は婉曲的表現で「慰安婦」と呼ばれ、そのほとんどが戦中に捕らわれの身のまま亡くなりました。1990年代に生存者たちが勇敢に声を上げるまで、この暗い歴史は数十年間にわたって隠されたままとなっていました。
この生存者たちは、戦争の手段としての性暴力は人道に対する罪であり、政府が責任を負うべきだということを世界が宣言することに寄与しました。
この記念碑はこれらの女性たちに捧げるためのものであると同時に、世界中の性暴力や人身売買を撲滅する運動のために立てられたものです。
サンフランシスコ市へ「慰安婦」問題連合より寄贈
サンフランシスコ市及びサンフランシスコ郡所蔵品
大阪市の姉妹都市終了宣言
2017年11月14日、サンフランシスコ市議会は市民団体から慰安婦像を土地ごと寄贈を受け入れる決議案を可決しました。そして、11月22日エドウィン・リー市長が慰安婦像を市の公共物として認める書面に署名しました。これを受けて、大阪市の吉村洋文市長は11月30日に姉妹都市関係解消の意向を示しました。大阪市は慰安婦問題に関しては2015年12月に日韓両政府において合意をしたことで解決済みであり、サンフランシスコ市に慰安婦像及び碑文を設置することはこの合意の精神を傷つけるもので姉妹都市として看過できないとしています。
その後12月12日にリー市長が急逝し、ロンドン・ブリードが次期市長に就任したのを受けて大坂の吉村市長は2018年7月にブリード市長に慰安婦像撤去を求める書簡を送り9末までに回答を求めました。その回答が期日までになかったとして吉村市長は10月に姉妹都市を解消すると発表しました。
大阪市とサンフランシスコ市は高校生の交換留学など民間交流事業を行ってきましたが、姉妹都市解消によって大阪市はこのような交流事業への補助金支出を廃止し、市長や市議会など行政間の交流もなくなることになります。姉妹都市関係の解消によってこれまで続いてきた2都市の交流がなくなることはもちろん残念なことですが、それよりもっと深刻なのはこれが2都市間だけの問題にとどまらないことです。サンフランシスコ市はもとより、米国および世界各国にこのニュースが知れ渡り、大阪市、また日本という国に対しての印象を左右してしまうのです。
サンフランシスコ市の対応
大阪市の姉妹都市解消の発表について、サンフランシスコ市はサンフランシスコ市報道官ジェフ・クレタンの声明を発表しました。それによると、大阪市の決定は遺憾であるとしつつも、姉妹都市関係は市長間で成り立つものではなく市民間の交流によって築かれるとして、両市の姉妹都市委員会らによって市民同士の交流が維持されることを望むと表明しました。
さらに、10月4日にはサンフランシスコのロンドン・ブリード市長が声明を発表しました。それによると、慰安婦像は撤去しないという方針を示した上で、姉妹都市の解消もしないという考えを表明しています。
大阪市の吉村市長が姉妹都市関係の解消を伝える書簡を送付したことについてブリ―ド市長は「2都市の人々の間で60年以上も続いた関係を1人の市長が一方的に終わらせることはできない。我々にとっては、サンフランシスコと大坂の姉妹都市関係は人々の間において今も続いている。今後も2都市間をつなぐこの絆がさらに強まることを望んでいる。」という見解を示しました。
また「日本人および日系アメリカ人はサンフランシスコの歴史に深くかかわっていて、市に長い間貢献してきた。米国内に3つあるジャパン・タウンの一つがわが市にあり、それは、サンフランシスコが素晴らしく多様な市であるための重要な要素になっている。」とサンフランシスコと日本との重要な関係について強調しています。
その上で「サンフランシスコ市慰安婦像はかつて、そして今でも奴隷や性的人身売買の恐怖にさらされているすべての女性の闘いの象徴として建てられたものだ。犠牲者たちには敬意を払うべきであり、この記念碑は我々に決して忘れてはならない出来事や教訓を呼び起こしてくれるものである。」と、この慰安婦像が広く性暴力の被害者である女性を記念して建てられたものだということを指摘しています。
海外の反応
BBCニュース – 大阪市、米サンフランシスコ市との姉妹都市解消 「慰安婦」像めぐり https://t.co/RxxjOVMd6l
— BBC News Japan (@bbcnewsjapan) 2018年10月5日
米国では地元サンフランシスコのSFゲートやサンフランシスコ・クロニクルなどのメディアをはじめ、全国的にもAP通信、ニューヨーク・タイムズ、CNN、NPRなど多くのメディアがこの事件について報道しています。
米国メディア報道によると、慰安婦像の背景や慰安婦にまつわる歴史を説明したうえで、慰安婦であったことを名乗り出た韓国の運動家が日本軍が犯した行為を非難しそれをサンフランシスコの市民団体が支持していることを紹介。慰安婦があったということは史実であり、日本政府も1993年にそれを認め謝罪しているにも関わらず、最近になって確固とした証拠がないという理由で慰安婦が強制的に連行されたということを否定し始めていると説明しています。
菅官房長官の「慰安婦像の設置は政府の立場と相いれず、極めて遺憾であり、まことに残念だ」という見解を紹介し、慰安婦像問題は日本と韓国の関係を悪化させているという解釈を加えています。
このニュースは米国だけでなく、英国でもBBC、ガーディアン、インディペンデントなど数々のメディアが報道。それ以外にも、オーストラリアのSBS、アラブのアルジャーラなど世界各国で報道されていて、かなり関心が高いようです。
慰安婦像や慰安婦問題については、これまで関係国以外には一般にあまり知られていなかったのが、今回の大阪市とサンフランシスコ市の姉妹都市解消の件で広く世界中に知れ渡ってしまったという皮肉な結果となっています。慰安婦問題について日本政府側は解決済みであるという見解で一貫していますが、先日の国連人種差別撤廃委員会でも指摘されているように、慰安婦問題は未だに未解決であるというのが世界の一般的な見解となっています。また、日本政府は慰安婦問題について認めて謝罪したにもかかわらず、最近になって歴史修正主義に走り、史実を捻じ曲げてなかったことにしようとしていると考えられているのです。
大阪市と日本の対応は?
大阪市のサンフランシスコ市との姉妹都市解消という事態が2都市間の問題であるだけでなく、日本という国が世界に与える印象を悪くしてしまうことになるのは否めません。この期に及んでそれに抗議する言動をしても国際世論は日本に対してさらに批判的なものになるだけでしょう。
国連差別撤廃委員会でも討論されたことですが、日本が細かいところで「慰安婦」は「性奴隷」ではなかった、慰安婦は強制連行されたのではなく人身売買や売春と同じ行為だった、朝日新聞などが史実と異なる記述をした、などと問題を矮小化しようとしたところで、ことは変わりません。それどころか、日本はこの問題について真摯に向き合い反省しようとしたする姿勢がなく、はぐらかそうとしているだけだとさらに印象が悪くなります。
幸いサンフランシスコ市長は姉妹都市解消が一市長の権限によって成立するものではなく、これからも大阪市との関係を続けていきたいと手を差し伸べてくれています。大阪市はこの機会を無駄にすることなく、サンフランシスコ市と交流関係を取り戻すべく話し合うべきでしょう。そのためには市長や市議会をはじめ、大坂市民、特に女性がサンフランシスコ市との友好関係復活のために尽力してほしいものです。
慰安婦問題にどう取り組むべきか
慰安婦問題についての個人的な見解は前記事でも述べましたが、サンフランシスコのブリード市長も述べているように、国籍は関係なく、広く性暴力を受けた、または受けている女性の問題であるという理解のもとに進めていくことが大切です。そのように考えるのなら、慰安婦像の撤去を求めるものではないばかりか、応援してもいいのではないでしょうか。もし慰安婦像を説明する碑文の一部に史実と反した文や情報があるというのなら、碑文を話し合いのもとに変更することを申し出てみるのもいいでしょう。史実を説明し、反省すべきことを反省し、そのようなことを二度と起こさないという誓いと共に、同じような慰安婦像を大阪市に設置してもいいと思います。
慰安婦についてだけでなく、日本は自国の歴史を客観的な視点で研究することなく、感情的になって自国をかばおうとしたり他国を批判したりしがちです。それが愛国心であるとは思わないし、史実をもとに自国の歴史を記録することが自虐史観であるとも思いません。
つい先日ドイツのメルケル首相がエルサレムを訪問した時、ホロコースト記念館を訪れ被害者に祈りを捧げました。その時のスピーチでメルケル首相は「ドイツにはこの犯罪について決して忘れることなく、反ユダヤ主義や排外主義、憎悪・暴力と闘う永遠の責任がある。」と語りました。ドイツは第2次世界大戦で自国が行った戦争責任について認め、戦後から今まで一貫して歴史に向き合い戦争責任を追及、国内外で被害者に謝罪し、同様のことが二度と起こらないように国民への教育を続けてきました。その真摯な姿勢はかつて敵国であった近隣諸国にも認められるようになってきています。自国の犯した過ちを隠そうとしても批判されるだけで、過ちは過ちとして認め、それを反省し同じことを繰り返さないという姿勢を見せることでその国民は尊敬されるのです。
Angela Merkel focuses on Germany’s antisemitism fight during Israel visit https://t.co/Y2QbZnx8eP via @JewishNewsUK
— (((A. Zionist))) (@a_zionist) 2018年10月5日
日本政府も歴史修正主義に走るのではなく、客観的に史実は史実として認め、過去の反省すべきことは反省し、その上で慰安婦問題を広く女性に対する性暴力の観点から取り組むようにするべきだと思います。おりしも米国の#MeToo運動から始まった一連の性暴力スキャンダル摘発が世界中で起こっています。これまで沈黙していた被害者女性が性暴力について語り始める大きな波の中、戦争中とはいえ自国民が外国の女性に行った性暴力について真摯に向き合い、同じようなことが二度と起こることのないよう被害者と共に努力を続けることが必要です。そうした姿勢こそ、韓国などの元慰安婦とその関係者だけでなく、世界各国の人から理解されるものとなるでしょう。
(敬称略)
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