第二次世界大戦時に日本軍が朝鮮半島で関わった慰安婦問題については、韓国が慰安婦像を設置したり「日本軍慰安婦被害者をたたえる日」を定めたりする反面、日本側は2015年の「慰安婦問題日韓合意」によってこの問題は解決済みだとしていて、歩み寄りのきざしがありません。日本での世論は「日本はすでに謝罪して賠償金も支払っているのに、韓国は何度もこの問題を蒸し返してくる、しつこい。」といったものが多いようです。けれども私はこの問題を考えるにあたって、もっと広く、戦時におけるレイプや性犯罪を含む女性の人権問題としての視点から考えてみたいと思います。
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韓国慰安婦問題
第二次世界大戦中、主に韓国人(中国、日本、台湾、フィリピン人も含む)女性が従軍慰安婦として日本兵のための売春宿で働いていました。具体的な数字については意見が分かれていますが、約20,000人の慰安婦がいたと言われています。慰安婦が存在したという事実は日本政府も認めていますが、その状況や詳細については日本と韓国の歴史解釈の違いがあります。
韓国側と日本側の歴史解釈の相違
韓国側は従軍慰安婦は戦争犯罪であるとしています。日本軍がアジア各地から女性を慰安婦として強制連行し「性奴隷」(Sex Slave)として扱ったという見識で、それに対して謝罪や賠償を行うべきという見解です。
日本側としては「慰安婦」(Comfort Woman)は「性奴隷」とは異なり、自らの意志で報酬を受ける代わりに売春をした女性たちであるという解釈をしています。その理由として、日本で発表された慰安婦についての資料の中に史実でないことがあること、韓国の元慰安婦の昔の記憶に頼った証言が一貫していないこと、韓国が民族主義的な目的で被害を過大解釈する向きがあることが否定できないという点をあげています。
被害者の具体的な数字などについては複数の意見がありますが、被害者以外の元兵士や目撃者の証言や公的資料によっても、被害の事実があったことは裏付けられています。慰安婦が日本軍によって強制的に慰安婦にされたのか、慰安婦となった女性は自らが望んでそうしたのかというのも争点となっていますが、残っている資料や証言をもとにすると、多くの女性が自らの意志に反して拘束され慰安婦として搾取されたことには否定することはできません。
河野談話とアジア助成基金
日本政府は旧日本軍が慰安所を設置し慰安婦の管理や移送を行ったことを認め、従軍慰安婦問題が多数の女性の名誉と尊厳を傷つけたと認識をしており、政府は元慰安婦が苦痛を経験し心身にわたり癒しがたい傷を負ったことについて謝罪しています。これが1993年の「河野談話」と呼ばれるものです。
この後日本政府は1995年にアジア女性基金を設立し、1997年には韓国人、台湾人、オランダ人など計285人の元慰安婦に1人当たり200万円の「償い金」を支払いました。この償い金を受け取った人もいましたが、半数以上は受け取りを拒否し、韓国政府も日本の謝罪を受け取らない方針に変わりました。その後、2011年には韓国の半日団体が日本大使館前に慰安婦像を設置し、米国やオーストラリアにも慰安婦像を設置するようになりました。
日本政府はこの件について朴槿恵政権下の韓国政府と話し合いを重ね、2015年には慰安婦問題日韓合意に至りました。この結果日本政府予算から約10億円を拠出しアジア女性基金を創立し、元慰安婦への支払いを委ねました。
釜山で慰安婦像設置
けれどもその後、2016年に釜山の日本総領事館前に慰安婦少女像が設置されたほか、サンフランシスコにも慰安婦像が設置されるなどして、韓国側の日本政府に対する抗議の声はおさまりません。2017年に政権についた文在寅韓国大統領は2015年の日韓合意について欠陥があったとして批判的立場を表しています。さらに、2018年には8月14日が「日本軍慰安婦被害者をたたえる日」として韓国の国家記念日に指定されることになりました。
このように韓国側はこの問題に対して未だに日本が満足のいく答えを出していないという解釈ですが、日本側は2015年の日韓合意ですでに解決しているとしており、二国間の主張は平行線をたどっているままなのです。
日本の世論と韓国の反応
この問題に対して、日本での世論はおおむね「日本はすでに何度も謝罪して、賠償金まで支払い、この問題は解決したとの合意をしたというのに、韓国は何度もしつこくこの問題を蒸し返している。」というものであるようです。けれども韓国側が日本が十分に謝罪をしているとは考えられないと言っているということは、ただ謝罪して賠償金を支払えばいいという問題ではない複雑な背景ががあるようです。
それは慰安婦問題に限らず、「大日本帝国」が朝鮮半島に対して行ってきた侵略や抑圧の歴史、それに対して日本人がその罪を受け止め真摯に反省しているという態度が見られないこと、朝鮮半島から日本にわたってきた朝鮮人が日本で差別されて来て、その子孫までもが今でも差別を感じている状況、一部の日本人による韓国人・朝鮮人に対する差別や偏見、ヘイトスピーチなどの問題といったものもあるでしょう。
今一つはいくら戦時における出来事とはいえ、慰安婦となった女性が被った心身の傷について日本側の「謝罪」に誠意を感じられないという韓国女性の気持ちがあります。その背景には日本人の多くの人が持つ(と思われる)韓国人、朝鮮人に対する上記の差別感情や傲慢にとれる態度が韓国人の気持ちをかたくなにしているのではないかと思います。
「じゃあ、どうすればいいの?」と思いますよね、私もいろいろ考えたのですが、慰安婦については日本と韓国間の問題ではなく広く女性の人権の問題として考えるべきではないかと思ったのです。
戦時の慰安婦制度の例
まず「性奴隷」は問題だが「慰安婦」は問題でないという考えがあります。「慰安婦」は今でいう売春婦とか風俗嬢のことと考えるとわかりやすいのですが、自らの意志で報酬をもらって性サービスを提供する人のことです。これを戦中に行ったのが「従軍慰安婦」であり、これは日本軍だけに限ったことではなくほかにも例があったと言われています。
軍の公娼制度
軍として正規に公娼制度があった例は日本軍以外にもドイツやフランスにもあったと言われているし、朝鮮戦争時には韓国軍にも慰安婦制度があったそうです。英米軍は世論(特に女性の)の反発を受けるのが必至なので公には公娼制度がなかったものの、自由恋愛や現地の私娼を利用する兵については軍が黙認していたと言われています。
また、第二次世界大戦敗戦と共に崩壊した満州で孤立無援となった満州開拓団のうち、黒川開拓団などの男性がロシア将校らに結婚前の若い女性を「性接待役」として差し出す代わりにソ連兵から食料を分け与えてもらったりして集団を守ったという話があります。その当時日本軍は開拓団を残してさっさと引き揚げてしまい、残された民間人はソ連兵によって殺害されたり集団自決に追い込まれていたのです。
日本でも敗戦後に米軍兵相手に占領軍の公娼施設が設置されましたが、性病の蔓延によりのちに閉鎖されたそうです。「敗北を抱きしめて」でジョン・ダワーは占領軍の規模に比較すると日本政府の想定よりは強姦の発生率が低かったが、この公娼施設閉鎖と共に占領軍による強姦の発生率が1日40件から330件に急増したと述べています。
このような慰安婦や公娼制度は、個々の兵士による民間人への暴行や強姦、輪姦などを防ぎ軍の規律を維持したり、性病を予防するという目的があったとされます。けれども実際は、このような制度があってもなくても戦時中、兵による民間人へのレイプや暴行事件はあとをたちませんでした。特に勝者である軍の兵士が敗者である国の民間人女性(や男性、子ども)に性暴行をすることは勝者の「戦利品」のような意味合いもあったのです。
今の私たちがどう思うか
戦時における公的な慰安婦制度について、今のあなたならどう思いますか。自分の配偶者や恋人が兵となり戦争に行った先で「慰安婦」と性行為を行うことについて女性はどうとらえるでしょうか。今の社会の世論から考えるとこのようなことは許されるべきことではないとされるのでは。
慰安婦の立場についてはどうでしょうか。「慰安婦は報酬を受け取っての仕事だったので、被害を受けたとはいえない。」と主張する人もいます。けれども戦時の厳しい状況の中、慰安婦とならざるを得なかった女性は自らの意志というよりも、そうせざるを得ない境遇に追い込まれたり、家族や周りの男性に強制されたこともあったでしょう。
このような制度を作ったり利用した男性にとっては「慰安婦」「公娼」「接待」ですが、被害を受けた女性にしたら「強姦」「レイプ」としての体験となるであろうことは想像に難くありません。
戦時中の困難な状況で慰安婦として働かざるを得なければならない境遇に陥った女性のことを思うと、私はその心身の苦悩、そのあと一生続くであろう心の痛みについて心苦しくなります。それには日本人とか韓国人とか国籍の違いはありません。日本人女性でも黒川団の人達のように犠牲を強いられた人もいるのです。私たちでも、その状況に生きていたら同じような目に遭ったかもしれないのです。
戦時におけるレイプ・性暴力
これまでは戦時における慰安婦や公娼制度についての例を述べましたが、軍で公に許可されていないレイプなどの性暴力について調べると、快挙のいとまがありません。
日本軍によるレイプと日本女性の被害
日本軍の例でいうと、1937年12月13日の南京大虐殺では日本兵が民間の中国人女性を強姦したと言われているし、そのほかにも日本軍が占領したアジア地域で日本兵による強姦事件が多発したという証言があります。
日本女性も被害にあっており、前述した敗戦後の満州では、孤立無援となった満州開拓団の女性はソ連兵による強姦の被害を受けていました。同じ満州では敦化事件というソ連兵による日本女性の集団強姦、集団自決という痛ましい事件もありました。
1945年の沖縄戦では多数の沖縄の女性が米兵によりレイプされました。終戦後も、戦後占領後10日間に神奈川県だけで1336件のレイプの報告がありました。1946年には、呉でオーストラリア兵が民間の日本女性をジープに乗せ強姦したことが伝えられています。沖縄県では1972年の本土復帰以来、米軍兵による強姦事件が報告されているだけでも120件以上あるのです。
第二次大戦中のヨーロッパ兵によるレイプ・性暴行
第二次世界大戦時、ヨーロッパでのレイプや性暴行についてはさまざまな記録が残っています。1943年から1945年の間、イギリス兵によるレイプ事件がイタリアで8件あったという記録があるので、イギリス軍ではレイプ事件は少数だったようです。イタリアやドイツでのフランス兵によるレイプ事件は数多く発生しました。イタリア側の記録によると、フランス兵により7000人以上の民間人女性や子供がレイプされたということで、1944年にはエルバ島でも大規模なレイプが行われたという記録があります。
ドイツ兵はポーランド、ウクライナ、ベラルーシ、ロシア人女性をレイプし、そのほとんどが罪を問われなかったということです。ホロコースト時代にはドイツ兵によるユダヤ人女性のレイプが行われました。ドイツ兵はソ連でも女性を連れ去り、ホテルがドイツ兵のための売春宿に使われたそうです。
ヨーロッパでは第二次世界大戦中14,000人の民間人女性(イギリス、フランス、ドイツ)が米兵によりレイプされたと推定されています。ドイツでは武器で脅しての輪姦がアメリカ兵によって行われたそうです。ドイツ人の歴史家によるとドイツでの米兵のレイプ件数は190,000件に上るとも推定しています。
第二次世界大戦中、ソ連軍はレイプを黙認し、スターリンは敵国の女性を戦利品とする「戦地妻」を容認しました。ソ連兵はドイツやポーランドで大規模な強姦を行い、ソ連兵がレイプしたドイツ人女性や子供は200万人にのぼると言われています。8歳から80歳までの女性を、繰り返しレイプし、1人の女性が60~70回レイプされた事もあるそうです。戦後、ドイツでは堕胎件数が急増し、レイプが原因で死亡したドイツ人女性は約24万人いるとされます。
第二次大戦以降の事例
その後、1952年の朝鮮戦争では11か月の間、中国兵によるレイプ事件が41件ありました。朝鮮戦争、中韓国軍は慰安婦として特殊慰安隊を募集し、性的奴隷や下女及び慰安婦が数多く存在したと言われます。
ベトナム戦争中には韓国軍兵士によるベトナム人女性のレイプが行われました。それにより多数の混血児(ライタイハン)が生まれています。ベトナム戦争中には、米兵によるベトナム人女性の強姦や売春も多発し、混血児が多数生まれています。
近年でも1990年代のイラク軍によるクウェート人のレイプ、ボスニア紛争でのセルビア人兵によるムスリム人女性への、ルワンダのフツ族軍によるツチ族女性へのレイプ事件が起きています。
慰安婦もレイプも女性の人権を蹂躙するもの
このように過去の事例をみていくと、戦時中や戦後の兵による女性への性暴力や性搾取は国籍を問わず広く行われてきたことが分かります。この背景には女性不在の軍という団体における異常な精神状態、勝者への戦利品として女性を物品のように扱う考え、男性としてのパワーを性暴行によって表現する暴力性が感じられます。これは力があるものが、より弱いものを暴力によっていじめるパワーハラスメントとも言えます。
また、女性の性を物品として扱う態度は兵だけでなく、一般男性にも見られました。上記した黒川開拓団では、引き揚げ後に被害者女性を「いいじゃないか、減るものじゃないし」とからかう男性がいたと言います。この「性接待」について男性による記録では「うら若い乙女たちの尊い犠牲があった」とされていますが、被害を受けた女性にとってはこれはレイプ以外の何物でもありません。
今の私たちが考えると、このような行動は許されるべきことではないでしょう。第二次世界大戦中、すでに社会での女性の地位が他国に比べ相対的に高かった英米では、世論が戦地での公娼制度を許さなかったことからもわかるように、女性の地位が高くなれば男性による女性の性搾取は制限されるのです。その当時の日本や韓国では女性の地位が低く、女性はさまざまな面で男性の、お国の犠牲になっていました。
もちろん、犠牲になったのは女性だけではありません。力のないものは力あるものの犠牲になりました。太平洋の島で日本軍の兵士が飢えで死んでいったのにその上官は銀飯を食べていたと言ったような例はいくらでもあります。それでなくても軍隊では古年兵が初年兵に対してビンタなどの私的制裁を行うことが日常茶飯事でした。暴力を通してタフな兵士にさせるという構造的な暴力組織である軍にとって、慰安婦制度はその一環でもあったといえます。慰安婦のところに行っていた兵士たちをとっても、すべてが性欲に飢えていたわけではなく、軍の暴力的な環境においては行かないと男がすたるとでもいった同調圧力に押されていた人もいたのではないかと想像します。
自国の負の歴史について
戦争中の性暴行だけでなく、ヨーロッパ諸国の植民地制度、アフリカからの奴隷貿易、米国での奴隷制度、ホロコースト、日本のアジア侵略など過去におこなわれてきた蛮行の数々は現代の民主主義国家の正義から考えると許容されるべきものではありません。性暴力に限らず、自分の国が行った過去の過ちを認めるのは難しいことです。それでも私たちは自国民が過去に行ってきたことに歴史的、客観的な視点で目を向けるべきです。政治的な見解や民族的な偏見に目を曇らせることなく、感情的になることなく。
自国の歴史を証拠をもとに客観的に考察し、その状況や史実からどうしてある出来事が起こったのか、それがよくないことであれば将来また同じようなことが起こらないためにはどうしたらいいのかを考えることが日本人は得意でないようです。そもそも歴史教育の重要な部分もそういうことに費やすべきなのに歴史事実の暗記で終わっているのが問題なのかもしれません。いわゆる平和教育も日本では感情的になりすぎるきらいがあります。
慰安婦に限ったことだけでなく、南京大虐殺や731部隊などこれまで史実として伝えられてきた戦時の歴史が捏造だったと言われることがあり、何も知らない子供はそれを信じてしまうこともあるでしょう。そういうことを避けるためにも、私たちは歴史上の記録を集めて整理し、客観的に研究する必要があります。戦後すぐ戦争犯罪に問われそうな記録は多く破棄されたということだし、最近の政治家や官僚の「改ざん」例を見ても日本人は国際的な信用に欠けることもあると言えるので、なおさらです。ナチスが起こした過ちを認め、ホロコーストの歴史が繰り返されないように努力を重ねてきた現代ドイツ人のように。
私たち現代の日本人が過去の日本軍によるアジア侵略の問題を直視し、その過ちは過ちとして認めるということに躊躇する人がいるのも事実です。「自虐史観は愛国心を損ねるものなのでよくない」と言う人がいますが、昔の日本人が行った過ちについて現代の日本人が責任をもつべきだというのではありません。その事実があったことは認め、同じようなことが二度と起こらないように誓うべきなのです。それと同時に慰安婦問題を広く一般的な女性に対する性暴力と人権の問題としても扱うべきです。そうすることによってはじめて韓国をはじめ世界中の人から、日本は軍国主義の時代に起こした過ちを認め、前向きになって女性の人権を大切にする努力をする優れた国であるとみてもらえるのです。
まとめ
8月14日に「日本軍慰安婦被害者をたたえる日」の記念行事に参加した文在寅韓国大統領はこのように語ったそうです。
従軍慰安婦問題は韓日両国間の歴史問題にとどまらない。
戦時における女性への性暴力問題、人類の普遍的な女性の人権の問題だ。
この問題が韓日間の外交紛争につながらないことを望む。
我々自身と日本を含む全世界がすべての女性たちの性暴力と人権問題について深く反省し2度と繰り返さないというしっかりした覚醒と教訓につなげるときはじめて解決される問題。
慰安婦問題の根源には広く女性の人権の問題があり、その解決は日本や韓国だけでなく、世界中の女性の権利を守るためのものでもあるということは文大統領も認めています。それは性暴力がない世界、女性の人権と尊厳が戦時においても平時においても守られる世界を国境ぬきで目指す問題です。これは現代の男女差別や#MeToo運動にもつながるもので、すべての男性女性が人権問題として取り組むべきことではないでしょうか。
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参考資料
Wartime Sexual Violence
ソ連兵の「性接待」を命じられた乙女たちの、70年後の告白 満州・黒川開拓団「乙女の碑」は訴える
「敗北を抱きしめて」ジョン・ダワー