勝間和代カミングアウト同性愛パートナーは増原裕子LGBT活動家

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Katsu

経済評論家で多くの著作もある勝間和代が同性愛者であることをカミングアウトをし、つきあっている女性パートナーが増原裕子(ますはらひろこ)「トロワ・クルール」社長であると明かしました。増原裕子は元宝塚の東小雪とパートナー関係にあったのですが、その関係を解消しています。2人はどのようにして知り合ったのでしょうか。そしてどういう思いで交際を公表したのでしょうか。


勝間和代プロフィール

名前:勝間和代
生年月日:1968年12月14日(49歳)
出身地:東京都葛飾区
職業:評論家、著述業
出身校:慶應義塾大学商学部、早稲田大学大学院
職歴:アンダーセン、マッキンゼー、JPモルガン証券を経て独立
家族:子ども3人

勝間和代は2018年5月28日自身のブログやツイッターで「プライベートな報告です」としてバズフィードで同性愛についてカミングアウトしたことを発表。

バズフィードの記事「同性を愛するということ 勝間和代のカミングアウト」では彼女の同性愛についての悩みや「トロワ・クロール」社の代表増原裕子との関係、今回の公表までに至った経過がつづられていました。

学生結婚して3人の子どもを持ちながらマッキンゼーやJPモルガンなどでキャリアを積み、独立後もワーキングマザーとして働き方や生き方についての著書をたくさん出版したり勝間塾というコミュニティーを運営したりして「カツマ―」と呼ばれるフォロワーを生んだパワフルな女性。

私もその著書を通じて彼女の生き方を知り、自分の人生を思うがままに生きている人だと思っていたのですが、実はずっと封印してきた悩みがあったということを今回初めて知りました。それは、高校の時からずっと持っていたという男性に対しても女性に対しても起こる恋心です。

彼女が若かったころはLGBTに関する情報は少なく、相談相手もいなくて、自分の気持ちを封印するしかないまま、19歳で男性と結婚し子供が生まれ働き始めました。

そんな勝間が2015年にすでにレズビアンであることを公表していた増原裕子に出会ったのです。増原を通じてLGBTの活動に参加するうちに、彼女は多様性のすばらしさを実感しました。

勝間和代のセクシュアリティをあえて定義するとしたら男性も女性も恋愛の対象になる「バイセクシュアル」や性別に関係なく人を好きになる「パンセクシュアル」かもしれないと彼女は言います。

さらに、彼女はこう語ります。

「愛したのは、その個人であり、性別ではない。」

増原裕子プロフィール

名前:増原裕子(ますはらひろこ)
生年月日:1977年12月27日(40歳)
出身地:神奈川県横浜市
職業:株式会社トロワ・クルール代表取締役、著述業
出身校:慶應義塾大学、慶應義塾大学大学院
家族:2012年より東小雪と同棲
2015年 渋谷区「パートナーシップ証明書」第1号証明書を受理
2017年12月25日パートナー解消に伴い渋谷区に証明書を返還

増原裕子(ますはらひろこ)はトロワ・クルールというLGBT情報を発信する会社の社長で、古くからLGBTに関する活動を続けていました。

10歳で自らがレズビアンであると気が付いたけれども、それを公表するまでに10年かかったそうです。

彼女は元宝塚女優の東小雪と公私共に同性パートナーとしてつきあっていて、2人でLGBT活動を続けてきました。共著で「ふたりのママから、きみたちは」や「レズビアン的結婚生活」などの本も出版しました。

2人は2012年に同棲を開始して、2013年3月31日に東京ディズニーシーで結婚式を挙げました。当初東京ディズニーランドは同性カップルの結婚を認めておらず、2人がかけあってこれを許可させたことから、LGBT文化に貢献したとして表彰されました。

挙式では2人共にウエディングドレスを着用して結婚し、日本のディズニーリゾートで同性挙式をした初のカップルとなり話題を呼びました。

この2人は公式なパートナーシップ制度を利用することについても先駆けとなりました。
2015年4月に施行された渋谷区の多様性を尊重する社会を推進する条例に基づき「パートナーシップ証明書」の申請をした第1号カップルなったのです。

しかし、2017年12月25日にパートナーを解消したとして、渋谷区に証明書を返還しています。
この「離婚」理由としては価値観の違いを挙げています。

けれども2人はその後も友人として良好な関係を継続しています。

2人の関係

増原が2017年に「離婚」した翌年、勝間は彼女に告白。2人が知り合ってから2年たっていました。

その後2人はパートナーとして付き合い始め、3月に一緒に暮らし始めます。勝間和代の住む都内高級住宅地に立つマンションに増原を招き入れる形での同棲でした。

「会いたいと思っても、外では会いにくい、だったら一緒に住みましょう。」ということになったそうです。

最近、勝間和代は健康的でロジカルな(ここが彼女らしい)料理の仕方などの情報を発信することが多かったのですが、料理や掃除などは彼女が担当しているとのこと。自分だけのためならおざなりになってしまいがちな食事も、愛する人と一緒に楽しめるとなると熱が入るだろうなと最近の彼女の発信の背景が見えてきました。

時々SNSなどでアップされていたご飯の風景の向こう側には愛するパートナーがいたのだなと。
穏やかで幸せな生活を送っているそうで、2人の写真を見るととても幸せそうです。

けれども、一緒に暮らしていることを秘密にしておくのは大変なことだったそうで、2人とも有名人なのでなおさらです。

勝間和代はこれまでは家族のことや、まだまだ偏見がある世間の評判を気にしていました。
けれども、それでは自由な生き方ができないと思いカミングアウトすることにしたそうです。

勝間の子どもたちの反応は

勝間和代には3人の娘がいます。
まだ大学生のときに21歳で長女、その後25歳で次女、30歳で三女を生んでいます。

長女、次女は家を離れていますが、三女はまだ一緒に住んでいるし、上の2人もしょっちゅう自宅を訪れるといいます。

それで、娘たち3人には真っ先に増原裕子との交際のことを打ち明けたそうです。

はじめは年頃の娘たちがどう反応するか心配していたそうですが、
「お母さんが選んだことならば」と自然に受け入れたとのこと。

元パートナーの東小雪もお祝い

今回のカミングアウトの発表の後、次々とお祝いと応援の言葉が届いています。

その中には増原裕子の元パートナー東小雪からのものもありました。

このメッセージに増原裕子も
「小雪ちゃん、ありがとう(╹◡╹)」と返事を。

パートナーとしては別れてからも、2人はお互いによき友人であり理解者であることがわかります。

そして、勝間和代もこのような返事を。
「小雪さん、ありがとうございます♪ また一緒にご飯たべましょう。ホットクックで腕を振るいます!!」

3人で一緒に手作りのご飯を食べるような仲ということでほほえましいですね。

まとめ

勝間和代は昔から周りに迎合せず、自分の生き方を貫いていく人でした。そんな彼女が今回のカミングアウトについて悩んでいたということは「あの勝間和代でも」といった気がします。

でも、そんな勝間和代が自らのセクシュアリティをカミングアウトしたことで、救われる人、心強く思う人がたくさんいるでしょう。

本人も言っているようにわざわざ自分が左効きとかAB型だとか言わなくてもいいように、同性を愛することが自然だとされる社会になっていくのでしょう、そして彼女のような人がそれを推進していくのだと思います。

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