Last Updated on 2020-02-10 by ラヴリー
日本人のメイクアップアーティスト辻一弘が特殊メークで米アカデミー賞を受賞。「ウィンストン・チャーチル」でメーク&ヘアを担当した辻はイギリスのアカデミー賞BAFTAも受賞しています。辻氏の経歴、業績、今回どうやってオールドマンをチャーチルに変身させたのかを動画付きでご紹介します。(追記:現在はカズ・ヒロという名前です。)
Contents
ゲイリー・オールドマンと辻一弘の出会い
ゲイリー・オールドマンがウィンストン・チャーチル役を打診されたとき、「絶対無理だ。」と断ろうとしたそうです。顔が似ていないだけでなく、年齢も体型も全然ちがうのですから。
「チャーチル役をやるために35キロも太るなんてごめんだ。」と言ったオールドマンは、ふと以前出会った1人の日本人のことを思い出しました。
オールドマンは2001年に「猿の惑星」の出演を考えていた時にメークアップアーティスト辻一弘に会いました。結局その映画には出演しなかったのですが、辻一弘の仕事ぶりはそのころから認めていたのです。
「そうだ、僕がチャーチルを演じるようにすることができるのは、世界でたった一人、カズしかいない。彼がうんと言わなければこの役はやらない。」とオールドマンは思いました。
けれども、辻一弘は2012年には映画界を引退し現代アートの世界で活躍していて、もう映画の仕事はしたくないと思っていたそうです。
そんな辻にオールドマンはメールでラブコール。「チャーチル役のオファーが来ているんだが、メークを引き受けてくれないか。君がしてくれるのなら出るけど、してくれないのなら僕はこの役を断る。」と。
辻はもう映画の仕事はしないと決めていたのですが、もともと特殊メイクに関心を持ったのは恩師ディック・スミスがやったリンカーン大統領のメークだったのです。それまで映画界ではSFなどの仕事が多かったのでいやになったのですが、チャーチルのキャラクターメイクという仕事ならやりたいと思い、1週間考えて引き受けたのだということです。
どうやってオールドマンをチャーチルに?
さて、それでは顔も体型も違うオールドマンをどうやってあのチャーチルに変身させることができたのでしょうか。
チャーチルというと、イギリス人はもちろん世界中で有名な政治家なので、誰でもその風貌は知っています。そのイギリス人が「本当にチャーチルみたい」と声をそろえてほめたたえているのは、オールドマンの演技力はもちろんのこと、辻一弘の天才的な技術があってこそだったのです。
オールドマンをチャーチルに変身させるために、準備段階で最初に顔型を取ってからテストメイクを3種類作るのに2か月かかり、そのあと1か月かけて最終的なデザインを決めました。その後、撮影現場でテストして調整の上撮影。
撮影中、毎朝メークは顔だけで3時間以上かかり、全身を含めると4時間。オールドマンは12時間の撮影中仮眠もせず、食事もつまみ食い程度しかしませんでした。そして、撮影後はメイクを落とすのに2時間かかったそうです。
撮影後にコンピューターによる修正もしていないというのですから、すごいですね。
ゲイリー・オールドマンは辻一弘のことを
「ピカソのようだ。こんなことをやってのけるのは彼しかいない。」とほめたたえています。
辻一弘とは?
さて、この世界に名だたるメイクアップアーチスト、辻一弘ってどういう人なんでしょうか。
辻一弘の経歴
彼は京都出身で1969年5月25日生まれの48歳。現在はロサンゼルス在住です。
中学生のころ「スター・ウオーズ」を見て映画の特殊効果に興味を持ち、これを仕事にしたいと思いました。そして、その頃アメリカで「エクソシスト」などを手掛けたメイクアップアーティスト、ディック・スミスのことを知ります。雑誌でディック・スミスの住所を見つけた辻一弘は手紙を書き「僕はあなたのようなメイクアップの仕事をしたいんです。」と指示を仰ぎました。
ディック・スミスは返事をくれ「アメリカにいい学校があるわけではない。自分で勉強するしかない。」とアドバイス。辻はそれからもディック・スミスと交流を続けながら、独学で特殊メイクを学びました。その後、日本で映画のメークアップの仕事に携わり黒澤明監督の「8月の狂詩曲」(1991年公開)も手がけました。また、代々木アニメーション学院で日本初の特殊メークコースの教鞭をとりました。
そんなとき、日本を訪れていたディック・スミス氏に会う機会があり、次回作のスタッフとしてアメリカに来ないかと誘われました。それで、1996年にアメリカにわたり、ディック・スミスの紹介で兄弟子リック・ベイカーと共に仕事をすることになります。
それからは、「メン・イン・ブラック」「バットマン」「グリンチ」「マッド・ファット・ワイフ」「猿の惑星」など数々の映画を担当し、その技術が世に知られるようになりました。アメリカで小さいころからの夢を実現して、地位も名声も手に入れることになったのです。
そんな矢先、彼は2012年に映画界を引退するという決断を下し、現代美術アーティストに転身します。映画界の仕事で夢をかなえてからも、続けていくうちに自分でやりたいことをするのでなく、人から指示される仕事ばかりするのに疑問を持つようになったというのが理由です。
現代美術を手掛けようとしたきっかけは恩師ディック・スミス氏の80歳の誕生日のお祝いに作った胸像だったそうです。「これからは自分がやりたいことをやる。」と決めてキャリアのある仕事を捨てて、アーティストとして再出発したのです。
2013年にはアンディ・ウォホールの2倍サイズの頭像を製作して、ニューヨークの美術展に出品しているほか、さまざまな作品を作成して今も精力的に活動しています。
Kazuhiro Tsuji, a Japanese artist who took charge of special makeup by Gary Oldman starring in “Winston Churchill / Man who saved the world from Hitler” at the 90th Academy Awards ceremony received the \ Make-Hair Styling Award for the first time did. 👏🇯🇵🇺🇸 pic.twitter.com/9MzYINwFCe
— BearsUSA (@usa_bears) 2018年3月5日
辻一弘過去の業績
辻一弘の映画でのメークアップアーチストとしての業績は輝かしいものです。
2000年には「グリンチ」で兄弟子のリック・ベイカーと共に英アカデミー賞メイクアップ・ヘア賞を受賞しているので、今回のBAFTA受賞は2度目となります。
米アカデミー賞でも、「もしも昨日が選べたら」(2006年)、「マッド・ファイト・ワイフ」(2007年)でヘアメーク賞にノミネートされています。
今回の「ウィンストン・チャーチル」は3度目10年ぶりのノミネートで、初のアカデミー賞受賞の快挙となりました。
アカデミー賞受賞後インタビューに答えて、オールドマンをどのようにチャーチルに返信させたのかを説明している辻さん。
「ゲイリー・オールドマンはチャーチルと体格も顔も全然ちがいます。
チャーチルそっくりにすることはできても、仮面をかぶっているようでは話になりません。
生きているメークをすること、そのバランスが一番難しかった。」
メークだけでなく、英語もネイティブ並みにお上手です。
辻一弘からカズ・ヒロへ
辻一弘は2019年3月に米国に帰化し、日本国籍を失いました。そして、名前も「カズ・ヒロ(Kazu Hiro)」に改名。
日本人ということにこだわらずに自分がやりたいことをしたかったからという理由だそうです。
名前と国籍を変えた理由
「日本を代表して」とか「日本人として初の」というような言われ方が心地よくない。
日本人ということにこだわりすぎて、個人のアイデンティティが確立していないので進歩しないし抜け出せない。
一番大事なのは、個人としてどんな存在なのか。https://t.co/GDCxmTYhHo— ラブリー@news from nowhere (@1ovelynews) January 21, 2020
ゲイリー・オールドマンは主演男優賞
Gary Oldman Praises Makeup Artist Kazuhiro Tsuji: “Makeup and Clothes are the Closest Thing to the Actor” | Oscar… https://t.co/6hRfbVjBXz
— Randopoly (@Randopoly) 2018年3月5日
ゲイリー・オールドマンは「ウィンストン・チャーチル」でオスカー主演男優賞を受賞。
彼の演技、特に特殊メークや衣装をまとってチャーチルそっくりのしぐさやしゃべり方まで再現した努力は高く評価されました。
受賞スピーチでオールドマンは辻一弘のメークも称賛していました。
カズ・ヒロから若い人へのアドバイス
日本から米国へ国籍を変え、名前も変えたカズ・ヒロが日本の若い人へ送ったアドバイスが素敵なので紹介します。
日本が変わるためには、抜本的に古い考えを捨てることが必要。
日本の教育と社会が、古い考えをなくならせないようになっている。
集団意識が強く、古い考えにコントロールされている。
歳を取った人の頑固な考えとか、引き継いでいて、そこを変えないと、どんどんダメになってしまう。— ラブリー@news from nowhere (@1ovelynews) January 21, 2020
若い人へのアドバイスは周囲に流されず、自分の考えで動くこと。
「自分が何をやりたいのか、何をやるべきなのかを自覚して、誰に何を言われようと突き進む。
自分の人生なのであって、周りの人のために生きているんではないので。
当てはまろう、じゃなくて、どう生きるかが大事」— ラブリー@news from nowhere (@1ovelynews) January 21, 2020
(敬称略)