#Me Tooとはセクハラや性暴力被害を告発する運動:ゴールデングローブ賞は黒いドレス、グラミー賞は白いバラで#Times Up

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Me Too

#Me Tooとは「私も」という意味で、2017年に世界中に広まったセクハラや性暴力被害を告発する運動です。その後広まった#Times Up 「これで終わり」はセクハラ被害者を支援するキャンペーンで、ゴールデングローブ賞の黒いドレスやグラミー賞の白いバラといったシンボルに象徴されています。

#Me Too 運動

2017年にはハリウッドの大御所プロデューサー、ハーヴィー・ワインスタインがたくさんの女性にセクハラや性的被害を行ってきたことが明らかになりました。アンジェリーナ・ジョリー、グウィネス・パルトロウ、カーラ・デルヴィーニュなどの有名女優を含めた多くの女性が告発したのです。

その後、女優のアリッサ・ミラノがセクハラや性暴力を受けた女性に「Me too」(私も)と声を上げ、泣き寝入りをせずこの問題の重大さを世に知らせようと提案。

彼女のツィートに賛同して、世界中の女性が反応を示し、大きなうねりとなりました。ほかの犯罪と違い、性被害は受けた側も公に公表するのをはばかる傾向があるため、これまではそれぞれの被害者の胸のうちにかくされていました。けれども、いったん他の勇気ある人たちが自分が受けた被害を口にするのを見て勇気を与えられた人たちが次々に「私も」と声を上げていったのです。

被害者は女性だけでなく、ゲイも含まれます。また、この動きは世界中に広まり、日本でも 作家の森まゆみ、中島京子、ジャーナリストの伊藤詩織など著名人がセクハラやレイプ被害を告発し、世間の関心を集めました。

#Times Up キャンペーン

2018年1月7日に行われた第75回ゴールデングローブ賞では、多くの女優が黒のドレスを着用。

これは、セクハラ被害者を支援するキャンペーン「#Times Up」(これで終わり)への意思表示でエマ・ストーン、ナタリー・ポートマン、リース・ウィザースプーンなどが参加しています。

Golden Glove

Vogue

2018年1月28日に行われた第60回グラミー賞の授賞式でも、「#Times Up」キャンペーンに賛同するアーティストが白いバラを身につけて出席しました。レディ・ガガ、アンドラ・デイ、サム・スミスなどが参加しています。

授賞式ではジャネル・モイが「女性を沈黙させようとする人々に 『Times up』(これで終わり)と言います。」とスピーチ。その後、音楽プロデューサーに性的暴行を受けたことで訴訟を起こしていたケシャが感情たっぷりにパフォーマンスを披露して会場は沸きに沸きました。

けれども、賞が発表されると、今年のグラミー賞受賞者は男性がほぼ独占していることが判明。

ポップソロヴォーカル部門でケシャ、レディー・ガガ、ピンク、ケリー・クラークソンをさしおいてエド・シーランが受賞したときは、会場で不満の声が上がりブーイングが起きていたということです。

白人男性のエド・シーランが大方の予想を外れて主要部門でノミネートもされなかったのは、グラミー賞が去年まで人種差別をしているとの批判を受けてのことだと言われています。2018年のグラミー賞は黒人アーティストが大活躍しました。

そのエド・シーランがサブカテゴリーであるポップ部門で賞をとるのは当然といえば当然なのですが、今度はそれが男女差別ということで批判されるという、皮肉な結果となったわけです。

#Me Too 運動への反論

おりしも、「#Me Too」の運動に対し、往年のフランス女優カトリーヌ・ドヌーブが「行き過ぎでは?」と発言し、他のフランス人女性作家らとともにル・モンド紙に「男性が女性を誘う自由はみとめられるべき」と投稿しました。それが逆に批判され彼女は「不快に感じたかもしれないセクハラの被害者に謝罪する。」というコメントをしたという出来事もありました。

彼女が批判したのはセクハラ被害者ではなく、「粛清」的な風潮の中、個人の自由がおびやかされる懸念だったようです。また、セクハラというものは女性が性的に弱い側にいるとの前提で取り沙汰されるのに対し、彼女は女性も性の解放を享受しており、その点で男と女は公平だと考えているのでしょう。

差別される側も公平で冷静に

人種や男女といった枠で人を差別するのはもちろんいけないことだし、優位な立場にあるものがその権力を利用して、社会的に弱い立場にいる人達を苦しめてきたことを、公の席で声をあげたり運動したりすることも評価されるべきです。

けれどもだからといって差別される側が反対側にいる人達全員を敵視し、その人達に対する正当な評価をしないということはどうかと思いました。また、賛同しない人をすべて批判するような、一方的かつ独善的な論調も窮屈に感じます。

自分たちが運動している大義を広く世の中の人に理解し賛同してもらうためにも、公平で冷静な視点から批判するべきことだけを批判するべきなのではないかと思いました。

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