Last Updated on 2020-10-26 by ラヴリー
イギリスの大学は日本のように国立か私立かという区分がありません。すべてが国立なのですが、経営は大学ごとに独立しているので、その点からいうと私立です。特に最近は各大学が授業料を徴収して経営しているので私立と言ってもいいかもしれません。ほかのヨーロッパ諸国では大学の学費が無料であったり、有料でもかなり安い国が多いのですが、イギリスでは年間9250ポンド(約130万円)とかなりお高いのです。けれども、これは最近のことで1997年までは大学は無料でした。
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イギリスの大学の有料化
イギリスではすべての大学の学費が1997年までは全く無料でした。すべてを税金でまかなっていたのですから、今思えば随分太っ腹でした。かくいう私もその恩恵を受けた一人です。私は日本人国籍でしたがイギリスの住民であったため、大学の学費がただになったばかりかいくらかの奨学金ももらい、その上利息が低い学生ローンまで利用できました。その頃はこんなに恵まれているのにどうして他のイギリス人が大学に行かないのかと不思議でした。
国内の学生からは学費が取れないので、当時各大学は政府からの補助金が主な収入源でした。でも、それだけでは十分ではなかったため、外国からの留学生が大学の貴重なキャッシュポイントでした。外国人留学生は膨大な学費を支払わなければならなかったのです。(その反面、入学しやすく及第もしやすかったそうです。)他に収入源がなかったため、外国人留学生は大切なお客様だったのですね。もちろん今でもそれは変わらなくて、最近は中国からの留学生がたくさん来てくれるおかげで大学はかなり潤っているようです。
今では中国からたくさん学生が来てくれますが、当時は留学生の数は少なかったものです。イギリスの NHS (National Health Service・国民医療制度)もそうですが「ただより安いものはない」わけで、税金で賄うには無理があり、大学の質も落ちます。政府もこれ以上教育予算を増やすわけにはいかないということになりました。また大学に行くことによってその後は行かない人よりも高い収入を得ることになるエリートのために国民の税金を使うのは不公平だという意見もあり、大学の学費導入が検討され始めました。大学生の入学者数も1980年に68,000人だったのが、2017年には500,000人と増え続けているのですから無理もなかったのでしょう。
1998年に大学の学費が有料化
まず、1998年に最初に導入された学費は年間1,000ポンドでした。これが2006年に3,000ポンドに上がり、2012年に9,000ポンドに上がりと、3倍ずつ上がってきたのです。そして今後はインフレーション率によって上がっていき、2017−18年は9250ポンドになります。
この金額は大学が学費として学生に請求できる最大額であり、異なる大学やコースによって違うレベルの学費が設定されるというのが当初の考えだったのですが、76%の大学が最高額の学費を設定しています。というのも安いコースを選んでも高いコースを選んでも返済金額は変わらないかもしれない(下記参照)というローン返済の仕組みも関係しています。
学生ローン制度は卒業生の税金
大学の学費がかかるといっても大学生(の保護者)は入学時に学費を支払う必要はありません。必要な学費や生活費を賄うローンが政府から支給され、卒業後にそのローンを利子とともに返済するシステムになっているからです。とはいえ、はじめRPI (Retail Price Index・小売物価指数) レートだった学生ローンの利息は今は6.1%に上がり、しかもそれは入学後すぐつき始めます。大学を卒業するときには学生の平均の借金額は50,800ポンドになるそうです。
ではイギリスの大学卒業生は働き始めるとせっせと借金を返さないといけないのでしょうか。それがそうではなく、すぐ返済する必要はないんですね。年収が21,000ポンド(約316万円)になるまでは返済義務がないのです。この年収額はインフレによって上がると言われていましたが、今のところ2021年までは凍結されています。年収が21,000ポンドを超えると、その超えた金額の9%を返済していくことになります。たとえば、年収が22,000ポンドなら22,000−21,000の1,000ポンドの9%ですから90ポンド。同じく年収が31,000ポンドなら900ポンドという具合です。そして、卒業後30年たったらローンの返済義務はなくなります。なので、年収が21,000ポンド以下のまま30年を過ぎたら1銭も返さなくてもいいということになります。
ということは、この制度は学生ローンというよりも大学を卒業した高所得者に対する税金のようなものですね。ある計算によると、大学卒業生のうち学生ローンを全額返済するのは1/4にすぎず、3/4の卒業生が借金を全額返さないだろうという予測になっています。
ところで、この21,000ポンドというのはイギリスだとどれくらいの年収になるのでしょうか。イギリス人全体の平均年収が27,600ポンドだそうですが、これではピンときませんね。具体的な職業でいうと、例えば小学校の教師や資格を持った看護士になると年収が21,000ポンドを超えることになりますが、郵便局の事務員レベルだと20,000ポンド弱なので大学卒業生でも返済義務がなくなります。
物価が安いところでのんびり暮らしたい大学卒業生が安月給の仕事について50,000ポンドの借金を踏み倒すということが横行したらこのローン制度はどうなるんだろうとちょっと心配になってきますね。
大学の学費無料化案
さて、大学の学費を再び無料にするべきだという案を労働党のコービン党首がうたい若年層から大きな支持を受けています。コービン党首は68歳、地味で冴えないおじさんという風貌でカリスマ性がないと不評だったのですが、じわじわと人気が上がり始めました。特に若者に人気でグラストンベリー(サマーミュージックフェスティバル)に招かれてスピーチをしたほどです。労働党でも中道路線を貫いたブレア首相などに比べ、コービンは左寄りであり、庶民の味方。貧しい家庭の子供にも大学進学の機会を平等に与えるべきとの考えを強く持っています。
先のイギリス総選挙では当初保守党が圧倒的優位とされていたのに労働党が予想外に票を伸ばしましたが、大学の学費を無料にするという政策への支持が大きく若年層(と多分その親)からの票が多かったということです。子どもの半数近くが大学に行く昨今、大学の学費を無料にすることには国民の大きな支持があるのです。
大学入学者数
大学の学費が導入されたり増加された年には大学入学者が減ってきたという記録があります。今までは無料だったのに/安かったのに、そんなにお金を払ってまで大学に行く(行かせる)必要があるのかという疑問を持つイギリス人が多かったのでしょう。でも、全体的に見ると入学者数は増え続けています。1980年の初めには大学進学率が6人に1人だったのに今では女子学生の半分は大学に行っているのです。大学の学費高騰によって貧困家庭からの大学入学者が減るのではないかとの懸念もありますが、確率としては富裕層家庭からの子供のほうが進学率は高いものの、どの層からの進学率も一様に増えています。
21~64歳の成人人口全体の割合で見ると、労働人口の42%が大学卒業生となっています。2002年では25%しかいなかったのが年々増えているのです。
大学の学費はペイするか
学費を払っても大学に行く人が増えているということは、大学卒業者はそうでないものよりも収入が高い職業に就く割合が高く、一生の収入計算をしてみたら大学の学費はペイするということなのでしょうか。
政府の2017年度の調査結果によると、大学卒業生とそうでない若者(22~29歳)を比べた場合、失業率は前者が4.6%、後者が6.8%となっています。何らかの職に就いている人は大卒が90%、そうでない人は78%です。この数字に含まれない人、仕事に就いていないが仕事を探していない人の割合が大卒で6%、そうでない人で17%と大きな違いがあります。これは健康状の理由や、子どもや家族の世話をしなければならないという理由で学生は含まれていません。
仕事に就いている人だけを見てみても大卒の人はプロフェッショナル(医者や教師、弁護士など)準プロフェッショナル(セールス、マーケティング、ITなど)と呼べる職業についているものが58%いるのに対し、大学まで出ていない人はこういう職業についている人が14.7%にすぎません。彼らのうち61%は次の4つのカテゴリーの職に就いています。
- 「簡単」な仕事(清掃員、倉庫職員、警備員など)
- 職人(建築業、配管工など)
- 介護
- セールスやサービス業
そして、これは収入の差にも表れています。「プロフェッショナル」な職に就いている22~29歳は「簡単」(Elementary)な仕事に就いている人よりも63%多い収入を得ているのです。下記のグラフの青がプロフェッショナル、オレンジが簡単な仕事、赤は技術職を表しています。
そして、この収入の差は22~64歳までの生涯労働収入でも歴然と現れます。下のグラフは年収の年齢による移り変わりを学歴別に表したものです。上から、青が大学卒、黄色が実習・訓練を受けた人、紺色がAレベル(18歳で終了)、水色がGCSE(16歳で終了)となります。大学卒が30~60歳ころまで高収入であるのに比べ、16歳や18歳で教育を終えた人は生涯の年収が伸びないのが見てとれます。
大学に行かないのなら、手に職をつけて配管工や大工になった方が収入が高いということもわかります。
こうしてみると、一般的にいえば、大学を卒業することによってより高い収入を得る仕事に就くことができるので、大学の学費はペイすると言ってもいいでしょう。もちろん、個人差や例外もあります。たとえば、大学を出ていない人の12%が大卒資格が必要とされる職に就いているなど。
まとめ
少し前までは無料だった大学の授業料が有料になり、貧しい家庭の子どもが大学に行くのを躊躇するようになったので不公平だ、大学の学費を無料に戻すべきだという声はかなりあります。けれども大学が無料だったころも、そういう家庭の子どもはあまり大学に行きませんでした。これは単にお金の問題というよりは、環境や文化の問題が大きいと思います。昔ほどきっちりわかれているわけではないにせよ、イギリスは今でも階級社会で「分をわきまえる」ところがあります。労働者階級の子どもはやはり同じ階級内にとどまるのをよしとするところがあるのです。
また、大学卒業生が生涯収入においてそうでない人達よりもずっと多い収入を得ているデータを見ると、大学での勉強にかかる費用は自己負担にした方が公平なような気もします。そうでないと庶民の税金でエリートの卵を養成しているということになるのですから。けれども世代をまたぐ格差を広めないために機会の平等はあったほうがよく、入学時に本人や家族にお金がなくても大学に進める仕組みは必要だと思います。
こう考えていくと、今のイギリスの学生ローンのシステムは公平といえるのではないでしょうか。学生時代にはお金がいらず、卒業して高い収入を得るようになってからそれを返済していくというのですから。
参考記事