二重国籍はどうしていけないのか:東京五輪とカズオ・イシグロ

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
Passports

2020年の東京五輪まであと数年となりました。記念となる自国でのオリンピックの舞台に日本代表として出ることを目指して日々厳しい練習をつむ選手の中には、両親のうちどちらかが外国人であるいわゆる「ハーフ」の人も少なくないようです。

オリンピックと国籍

五輪憲章には「個人種目または団体種目での選手間の競争であり、国家間の競争ではない」と定められています。でも、現実はメディアもファンも自分の国の選手がメダルを取れば喜び、負けると悔しがって「国の」総メダル数を比較しては一喜一憂しているのが実情ですよね。

2012年のロンドンオリンピックのとき、イギリスのデイリーメールというタブロイド新聞(保守系大衆紙)が’Plastic Brit’ (プラスチック・ブリット)という揶揄で五輪代表になるために国籍をイギリスに変えた選手を非難していたのを思い出します。

当時ロンドンオリンピックのチーム・ブリテンの選手のうち約11%がイギリス国外で生まれた人たちだったそうです。

たとえば、ソマリアで生まれ内戦のためイギリスに移住した男子長距離選手モー・ファラーはインタビューで「ソマリア代表として出場しないのですか」と聞かれ

「私はイギリスで育ち人生をスタートした。ここが自分の国だと思っているし、イギリス代表として走ることに誇りをもっている。」

と答えました。オリンピックでは2位に輝きイギリス国民の大喝采を受け一躍人気者になりました。

2重国籍を許している国は多数

イギリスは植民地があった歴史、昔から移民をたくさん受け入れてきたお国柄、また重国籍を許す法律があることから、その国民の出身地や履歴は実に多彩です。たとえば、ロンドンなどの大都市では生まれも育ちもイギリスの白人がだんだん減ってきて、マルチナショナルな移民やEU国籍の人、またその2世、3世や両親が異なる国出身の子供たち、といろいろ。

それに比べると同じ島国とはいえ日本はまだまだ単一民族のお国柄。それでも国際化は進んでいて国際結婚は1989年に2万組を超え、2006年に44,701組とピークを迎えたそうです。となると、その子供たちの世代に東京五輪に出場する選手がいるということですね。

たとえば、柔道男子100キロ級の日本代表ウルフ・アロン選手はアメリカ人の父と日本人の母の間に生まれた21歳。日本生まれですが、高校のときは米国代表で出るかどうか迷っていたそうです。でも、日本を選んだとのこと。

もっと若い選手は二重国籍を持つことができるのでどちらの国代表で出場するか自分で選ぶことができます。

重国籍を許しているのはもちろんイギリスだけではなく、世界では多数派です。もともとこれは人権、特に女性の人権にかかわる問題として検討されてきました。外国人と結婚した場合女性は自分の国籍を捨て夫の国籍を取らねばならず、その子供たちもそれに従うというのが慣例だったことに不満を持った女性たちが意を唱えたのです。米国では、第一次世界大戦中ドイツ人男性を夫に持っていた女性が敵国民とされ差別されました。1920年に女性が参政権を獲得して以来、この法律を改変しようとする取り組みがなされ、米国では1940年代に重国籍が許されることになったのです。その後、同様に重国籍を許可する国が増えました。その割合は下記のように年々増えてきています。

Dual Nationality

多重国籍の場合の国籍選択は22歳まで

日本の法律では20歳になる前に日本国籍と共に外国籍を持つ場合、22歳になるまで、20歳になった後に多重国籍となった場合は2年以内に国籍選択をしなければならないことになっているので、その年齢制限までは国籍を2つ持つことができるのです。

たとえば、日本人とイギリス人の間に生まれたハーフの子供はパスポートを2つ持つことができます。そして、22歳になるまでにどちらの国籍にするかを選ぶことになるのです。私の子供もそのケースで、イギリスで生まれ育ち、たぶんイギリスで生活することになるだろうからイギリス国籍を選ぶだろうなと思いますが、母親である私と違う国籍になってしまうんですね。

ちなみに私は申請すれば英国籍を取得することはできますが、その場合は日本国籍を返上しなければなりません。イギリスは2重国籍を許していますが、日本のほうが許していないからです。

イギリスは最近、移民に厳しくなりましたが、日本などに比べるとまだ比較的移民や外国人に寛大なほうで、イギリスの永住権さえあればイギリスでの生活に特に不便はありません。こちらでは永住権さえあれば、普通のイギリス人が得ている恩恵は(義務も)大体受けられます。できないのは選挙で投票できないとか、国会議員になれないくらいでしょうか(なる気はないけど)。 国会議員といえば、イギリスでは2重国籍者も、またイギリス国籍がなくてもアイルランド人や旧植民地などのイギリス連邦(Common Wealth) 加盟国の国民ならなれるのです。

逆に日本では日本国籍がないといろいろ不便なことが多いので、日本国籍はあきらめたくないのです。将来日本に帰ることもあるかもしれないし。

日本の法律

イギリス他、2重国籍を認めている国はたくさんあり、グローバル化していく国際情勢の中で新たに法律を見直して2重国籍を認めるようにした国もあります。どうして日本では2重国籍を認めていないのでしょうか。

最近、蓮舫氏の国籍問題がとりざたされていましたが、その日本での報道を読んでいると2重国籍は重大犯罪でスパイのような扱いをされているような意見も読みました。個々のケースはそれぞれ違うし、蓮舫氏の立場上複雑な問題も出てくるのだと思いますが、2重国籍であるということがそれだけでそれほどまでに問題視する必要があるのかどうかと、イギリス流の考え方に慣れている私には異様に思えました。

現行の日本の法律に反しているということなのかもしれませんが、日々変遷していく状況の中、法律だけ昔のままだということもあり、その更新を検討する必要がある場合もあるのではないでしょうか。

政府の情報によると日本では平成18年度中に出生した子供の100人に1人以上が重国籍者であるということなので、かなり多くの人がそうした状況にいるわけであり、その数はこれからも増えていくでしょう。

カズオ・イシグロの場合

今年カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞したということで、日本でも大きく報道されていました。イギリス国籍ではあるが、日本人の両親から日本で生まれたということをことさら書き立てて喜ばしいことだとしているのが目に付きました。ここ数年ノーベル賞候補だといわれ続けている村上春樹がなかなか受賞できない代わりにカズオ・イシグロ氏がイギリス国籍ではあるが「本当は」日本人なのであるということを強調しているような気がしました。

イシグロ氏の最初の本2冊は日本がモチーフにされていましたが、彼の代表作「日の名残り」は普通のイギリス人が書くよりイギリス的な印象がする作品でした(私は英語で読んだだけで、日本語訳は読んでいませんが)。

それなのに、何かにつけて日本のルーツと関連付けようとする批評家にイシグロ氏自身も違和感を感じているのではないかと思います。彼は、日本人のご両親とは日本語で話しているそうなので、日常会話くらいはできるだろうと察しますが、「日本語は忘れた」と言い、公では日本語を話さないようです。それも、何かというと日本人であることを書かれる反感からきているのかもとかんぐりたくなります。

それでは、彼が22歳になる前に日本国籍を捨て、イギリス国籍をとることに決めたのもそうなのでしょうか?本人に聞いたわけではありませんが、彼は日本が2重国籍を許していたらそうしていただろうと思います。けれども、彼はどちらかひとつを選ばなくてはならなかったため、イギリスで育ち教育やキャリアもイギリスということ、でやむを得ずイギリス国籍にするしかなかったのでしょう。

たとえば、その当時イギリスで有名なブッカー賞(Booker Prize) を受賞するにはイギリス連邦の国籍が必要だったのです。そして彼は1989年に見事、「日の名残り」で名誉あるブッカー賞を取りました。ブッカー賞が「イギリスで出版され英語で書かれた作品」であれば外国人でも受賞できることになったのは、つい最近の2013年です。

もし、日本が2重国籍を許していれば、カズオ・イシグロ氏という日本人のノーベル賞受賞者が生まれていたのかもしれないのです。

2重国籍のメリットとデメリット

こう考えてくると、国籍をひとつにしなければならない意味ってあるのかと考えたくなります。

一番の理由としては個々が所属する「国」への忠誠の衝突ということでしょう。たとえば、戦争になったとき、どの国の国民として戦うかということでしょうね。でも、戦争に直面しているわけではない私たちにはピンとこない発想ではないでしょうか。また、戦時に国籍とは関係なく自分が住んでいて忠誠を感じている国を代表して戦うということは過去にもあちこちであったことです。

日本が2重国籍を許さない原因は、日本が島国で昔から外国を排除してきた歴史もあり、単一民族国家でありたいと願う保守的な考え方から来るものではないでしょうか。そして、その結果、日本に住んだり訪れたりする外国人や海外に移住する日本人、そして日本人と外国人の間に生まれる子供たちに必要のない制約を加えているだけなのではないのかと感じます。さまざまなルーツを持ちどれか一つの国を選べと言っても難しいと感じる人々は多いはずなのに。

グローバル化する世界での国籍というもの

国籍法は国によって異なるので、多重国籍を許している国もあれば、そうでない国もあり問題は複雑になってきています。

グローバル化に加え、世界中で人の移動が盛んになっています。自らの意思で海外に移住したり働いたりする人が増えているし、難民などで海外に行かざるを得ない人もいます。 国籍は個人のアイデン ティ ティ ーとは異なり、柔軟性のある概念であり、変更することもあります。個々の生まれ育った環境から、2つの国に強く忠誠や愛着を持っている個人に国籍選択を強いるのは適切でしょうか。

日本では国籍と民族が同一であると考えがちで、普通に日本で生まれ暮らしている日本人は、そうでない人たちのことを考えてみたことがないだけなのかもしれません。ますます国際化していく社会で国を超えた移動や出会いがあるとき、1人の人間が国籍という問題によって人生の選択を迫られることもあるのだということを考えてみてはいかがでしょうか。

海外で活躍する日本人が日本国籍を放棄せずに現地の国籍も取得できるようにすれば活躍の幅も広がるし、その人たちが将来外国と日本を行き来して暮らしたり仕事をするようになれば、日本社会にも益があって害はないのではないかと私は思います。

アイルランド国籍をとるイギリス人

余談ですが、イギリスではEU離脱の危機を感じた人たちがあわてて2重国籍をとり始めていると聞きました。今のところ、EU離脱後イギリス人のEU加盟国での扱いがどうなるのかまだ決まっていないのですが。

イギリスは昔からお隣のアイルランドから来た移民が多いのですが、このアイリッシュ系の人たちがアイルランド国籍をとり始めているそうです。英国のEU離脱後でもEU加盟国であるアイルランド国籍を持っていればEU域内を自由に移動したり、働いたりできるだろうという考えです。

アイルランドは移民受け入れに寛大で、祖父母または両親のうち1人がアイルランド人であれば、アイルランド国籍を取得する資格があります。アイルランド人、特にカトリック系は避妊を禁じられていたこともあって子沢山が多いので、潜在的な Plastic Irish 「にわかアイルランド人」はすごい数に上ります。アイルランドの国籍を取得する資格があるイギリス人は600万人ともいわれているので、現在のアイルランドの人口(約476万人)より多いというわけです。

アイルランドでは1840年代に起きたジャガイモ飢饉で人口が激減しました。1841年の人口は約800万人いたそうですが、飢饉で10年間にほぼ150万人が死亡または国外脱出したそうです。その人口は今だに復活してないわけですが、英国EU離脱のおかげでアイルランドの人口が戻るチャンスかもしれません。

カズオ・イシグロについての関連記事

カズオ・イシグロ氏がノーベル文学賞を受賞カズオ・イシグロ インタビュー「小説家になったのは内なる日本の記憶を書きとめるため」
カズオイシグロ全作品一覧:ノーベル文学賞受賞作家のおすすめ著作紹介
カズオ・イシグロ ノーベル賞スピーチ

    

SNSでもご購読できます。

コメント

  1. 松尾 誠 より:

     初めまして、素直でしっかりとした文章を書かれているのに感心してコメントする気になりました。カズオ・イシグロのノーベル賞スピーチを録音しようとしてたまたまこのホームページに行き当たりました。
     自己主張の強いものや知識自慢のような不愉快なホームページを目にしていると、すがすがしくて気持ちのいい文章に感じます。ありがとうございました。
    *「2重国籍のメリットとデメリット」の最終行に「い」が1つ余分に含まれています。

    1. ラブリー より:

      コメントありがとうございます。
      ほめていただいてうれしいです。
      これからも書き続けていく励みになります。
      また、誤記を指摘くださって助かります、さっそく修正します。
      本当にありがとうございました。

  2. あもく より:

     素晴らしい記事をありがとう。アメリカ在住36年、似たような立場ですが、趣旨に100%同意します。
     本筋ではありませんが、お子さん、22歳になっても実質的には「選択」する必要はありません。宇多田ヒカルがそうだし、我が家の二人の子どもも31歳と27歳で二重国籍です。
     22歳の時点で「国籍離脱届」を出さないと、日本政府は「日本国籍を選択した」と勝手にみなします。その場合、不法に二重国籍を持っていると訴追しないとならなくなるので、もう一つの国籍は「離脱しようと努力している」とみなします。そうすれば、世界中に何万人といる「出生による二重国籍者」を放っておけるからです。ちなみに、こういった二重国籍者に「催告」をできるのは法務大臣だけです。領事も大使も市役所の職員もできません。で、過去、このケースでの催告はゼロです。
     詳しくは、https://ameblo.jp/amok98/entry-12292126007.html に書きました。ご参考になれば。

    1. ラブリー より:

      コメントありがとうございます。
      国籍離脱届の件ですが、私の周りにもそのままにしている人が多いようですが、何となく後ろめたい感じで「実は。。」と言うように話してくれます。
      そういうことからも考えると、法律上は離脱の努力をしないといけないのに催告されないからしないというよりは、ちゃんと法律を整えてほしいなと思うのです。
      けれども多重国籍を認めると「愛国者」から反発が出るので政府は法律はそのままにして見て見ぬふりをしているのかなと推測しています。

コメントを残す

*

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください