Last Updated on 2020-01-19 by ラヴリー
会社法違反などの罪で起訴された日産自動車前会長のカルロス・ゴーン(Carlos Ghosn)は2018年11月19日の逮捕を受けて以来長期勾留を続けていますが、このほど東京拘置所で初めて報道機関の面会に応じ、取材を受けました。ゴーンは自らの疑惑についてどのように語ったのでしょうか。また、この取材を海外のメディアはどのように伝えているのでしょうか。
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カルロス・ゴーンの逮捕
カルロス・ゴーンは2018年11月19日に金融商品取引法違反などの罪で逮捕されました。共に起訴されたケリー前代表取締役と共謀し、有価証券報告書に過少申告したという容疑です。
逮捕を受けて、日産を立て直しトップに君臨したカリスマは失墜、ゴーンは日産の会長職と代表権を解かれました。また、2019年1月24日には仏ルノーの会長兼最高経営責任者(CEO)の職も辞任となりました。
1月8日、東京地裁で開かれた勾留理由開示公判では、ゴーン被告は自らの無実を訴えました。
「不正をしたことはない。根拠もなく容疑をかけられ不当に勾留されている。」と勾留事実についても反論しています。
日産側の経営陣はカルロス・ゴーンが日産トップに君臨していた20年間絶対的な権力を握るようになったため、社内では誰一人として不正に歯止めをかけられなかったと言っています。そして日産トップはゴーンの逮捕のため、特捜部と協力しました。
ゴーンの勾留と扱い
ゴーンはレバノンから羽田に到着してわずか数時間で勾留されており、家族と面会も許されておらず、弁護士との接触も制限されています。
日本では容疑者を最大23日間勾留することができ、新しい容疑で再逮捕を行えばまた新たに23日間にわたって勾留し続けることができるため、ゴーンの勾留はすでに2か月を超えています。保釈の可能性が語られたこともありましたが、これまで2度の保釈請求が却下されました。保釈請求却下の理由として、東京地裁は逃亡や証拠隠滅の恐れがあるとしています。
妻キャロル・ゴーンの批判
カルロス・ゴーンの妻、キャロル・ゴーンは「日本の司法制度は人質司法だ」と批判しています。彼女は国際人権団体「ヒューマン・ライツ・ウォッチ」の日本支部にもカルロス・ゴーンが受けている過酷な扱いについて文書を送っています。
ゴーンは週2,3回しか風呂に入れず、体重は2週間で7キロ近くも落ち、家族と連絡を取ることも許されていないということです。また、検察は弁護士の立ち合いもないまま、毎日数時間にわたって自白を引き出そうと尋問しており、威圧したり脅しや罵りを受けていると批判しています。
このようなカルロス・ゴーンの勾留を「暴力的」と批判的に報じる海外メディアは多く、日本の刑事司法制度が民主主義の先進国としてふさわしいものであるのかどうかを疑問視する声も多く上がっています。
海外メディアの扱い
2019年1月23日にはフランスの弁護士50人が連名で、ゴーン被告の逮捕を重ねて勾留期間を伸ばす日本の捜査当局を非難する意見をルモンド紙に寄稿しています。
日本の起訴前の拘束期間は最大23日で、その間容疑者は弁護士の立ち合いなく取り調べられ、弁護士は捜査当局の資料を見ることもできないと指摘。再逮捕を重ね勾留期間が長くなり、弁護権行使がさらに遅れると批判しました。
このような扱いは日本が批准した国連の自由権規約に反するとしています。この国連規約では原則として裁判前は容疑者を拘束をするべきではないとしているのです。
英フィナンシャルタイムズは「カルロス・ゴーンの扱いは『リベラル』な日本に汚点」と言う記事でゴーンの突然の逮捕と無期限の勾留を批判。ゴーンに対する日本の検察当局の捜査は「スターリンのソ連を想起させる」とし、反スターリンの中心人物だった「ビシンスキーは今も東京で健在だ」と揶揄しています。
米ウォール・ストリート・ジャーナルでは何度もゴーンの逮捕、勾留について批判的な記事を掲載しています。
1月8日にも「Carlos Ghosn in Wonderland」と名付けた記事で、この事件の奇妙な展開について「不思議の国のアリス」を引き合いに出し「不思議の国のゴーン」とたとえています。日本でかつてヒーローともてはやされたゴーンが逮捕され、今や7週間にわたる長期勾留を続けている事件は、時間がたつにつれさらに奇妙に映ると言っています。
また、ゴーンの意見陳述について「検察が提供した証拠よりも説得力がある。」とし、この問題は法廷ではなく役員会で扱う問題ではないかとしています。さらに、日本では検察は容疑者が自白するまで拘束を続け、裁判では有罪がほぼ決まっていると、広く日本の司法制度を批判する意見を述べています。
ゴーンの日経インタビュー(2019.1.30)
2019年1月30日に勾留先の東京拘置所でゴーンは初めてメディアの取材を受けました。
日本経済新聞のインタビューを受けたゴーンは自分に対する疑いは日産関係者の一部関係者による策略であり反逆だと言っています。逮捕につながった日産の社内調査がルノーとの経営統合に反対する日産内の一部グループと関連していたことは疑いようのないことだと語りました。
また、サウジアラビアの知人への約2億8千万円の送金についても、ゴーンは日産幹部が決済にサインしたとし、違法性を否定しました。日産幹部はこの巨額送金について「必要のない支出だった」と証言しています。
日本の刑事司法についての質問に、ゴーンは二度の保釈請求が認められず勾留が70日を超えていることが理解できないと語りました。また、証拠はすべて日産が持っていて、社員との接触も禁じられており、証拠隠滅などできないとも言っています。そして「私は逃げないし、法廷で自分を弁護する。」と語りました。
健康状態についての質問には「大丈夫だ」と答え、疲労や動揺は見せなかったとのことです。
日経のインタビューについてはすぐに各国のメディアが英語で報じています。
AP通信では「日経:ゴーンは逮捕が日産の策略だと証言」と言う記事を掲載。ゴーンの起訴の根拠となっている懐疑について、ほとんど日産の法務や幹部の承諾を得ていた行動だったと報じています。ブラジルやレバノンに家を買ったのも仕事や仕事上での面会のために安全な場所が必要だったからだと。そうしたことは秘密ではなかったし、もしそれが問題だったとしたらどうしてその時にそう言われなかったのかとゴーンが語ったと報じています。
BBCは「カルロス・ゴーンは逮捕の陰に策略と陰謀があったと証言」と言う記事で、同様にゴーンが自己の無実を説明した内容を伝えています。
ゴーンの海外メディアインタビュー(2019.1.31)
ゴーンは日経とのインタビューの翌日31日に東京拘置所で外国メディアのAFPと仏紙レ・ゼコー(Les Echos)の取材に英語で応じました。
それによると、ゴーンは「なぜ有罪になる前から罰せられているのか?」「保釈請求が却下されるなど、他の民主国家であったら普通でない」と日本の司法制度について非難しました。
自らの逮捕については、3社連合の経営統合計画に反対する日産幹部一派の裏切りによる策略の結果であり、自分はその犠牲者であること、ゴーンの評判を傷つけるためにその一派が多くの事実をゆがめて伝えていると語っています。
自らの状況については「電話もパソコンもなく、どうやって自分自身を弁護できるのか」と訴え、さらに妻や子供たちと電話ですら話せないことが非常につらいと漏らしました。
フランス政府の対応
ゴーンの逮捕や勾留に対してのフランス政府の姿勢はどうなのでしょうか。
フランス政府はルノーの株を15%所有する株主として大きな影響力を持っています。逮捕当初、マクロン大統領もゴーンの罪がはっきりしていないのに長期勾留する日本の司法当局のやり方を非難していました。
東京五輪招致不正疑惑でフランス政府が日本のJOC(日本オリンピック委員会)竹田恒和会長を捜査対象としたときに「ゴーン事件の仕返しか」とする見方もありました。けれども、その後フランス政府はゴーン事件に対してはあまり積極的に動いているように見えません。
ゴーンはもともとフランス政府とはあまり密接な関係にはなかったとも言えます。フランスで高等教育を受けているものの、彼はブラジル生まれのレバノン育ちでブラジル、レバノンの国籍を持ち、フランス国籍はルノーのトップになって初めて取得しています。ゴーンはフランス政府がルノーの経営に口出しするのを好まなかったところもあり、フランス政府としては特にゴーンを擁護しようという気がないようです。
フランス政府としては、同じ時期に国内最大の社会問題になってきた黄色いベスト運動の対応におおわらわで、ゴーン擁護どころではないというのが本音でしょう。しかも、黄色いベスト運動を支持する一般庶民はゴーンやマクロンのようなエリートを批判し富の不平等について訴えているのです。
ゴーンは所得上位1%に入る高額所得者なのにフランスでの納税を逃れており、フランスの一般庶民はゴーンに同情などしません。黄色いベストを着たデモ参加者がゴーンについて質問された時、みな口々に「いい気味だ」「日本よ、どんどん痛めつけてくれ。」と言っていたのが印象的です。
これではマクロンもゴーンをかばいたくてもかばえなく、日本の行き過ぎた人質司法についてやんわりと批判をするにとどめるしかないといったところでしょう。
1月24日ルノーはゴーン会長兼CEOの辞任を受け、後任の会長にミシュランCEOのジャンドミニク・スナ―ル、CEOには現CEO代行のティエリー・ボロレが就任することを発表しました。スナ―ルが日産の会長、および日産、三菱自動車との3社連合トップの就任するかどうかはわかっていません。
日本の人質司法
カルロス・ゴーンという「大物」が日本で起訴、勾留されたことについてここ数か月世界中で様々な報道がなされてきた中で、一躍世界中に知られることになったのが特殊ともいえる日本の司法の在り方です。
日本では、検察が起訴前の容疑者を取り調べる間、容疑者の勾留が認められていて、起訴されれば本人が罪を認めてない場合でも、さらに長期間の勾留が続きます。フランスの弁護士が訴えているように、起訴前の拘束期間最大23日の間、容疑者は弁護士の立ち合いなく取り調べられ、弁護士は捜査当局の資料を見ることもできません。検察は弁護士の立ち合いもないまま、毎日数時間にわたって自白を引き出そうと尋問し、威圧したり脅しや罵りも使うと言われています。
これまで日本人でも長期勾留された人はたくさんいて、このような(中にはもっとひどい)扱いを受けてきました。別件逮捕したり大したことのない罪で逮捕して勾留尋問するというやり方もまかり通っています。中には長期にわたる勾留や尋問を逃れるために自白した人もいるかもしれず、冤罪の温床となっているとも言えます。けれどもこの「人質」司法は日本のやり方だと黙認されてきました。
今回はゴーンという国際問題に発展しかねない有名人の事件ということで、日本の刑事司法のやり方が国際社会の関心の的となりました。
「日本には日本のやり方がある。外国がとやかく言うのは内政干渉だ。」とする意見もあるでしょうが、これは多くの日本人がさらされている問題です。一般国民としていかに身の覚えがない人でも、この人質司法が、何かの間違いで自分や自分の親しい人に降りかかったらと思うとこわくなりませんか。
この際「外圧」機会を利用してでも、人権を無視した強権的な検察のあり方を見直すきっかけになったら、私たち日本人にも幸運なことと言えるでしょう。
まとめ
ゴーンが日産で行った合理化策にはかなり強引なものもあり、従業員や取引先の間で不満も高まっていました。また、ゴーンが日産で受け取っていた報酬は日本企業のトップに比べると法外な額に上るということでも批判の対象になっていました。自らは高額年収を得ながら容赦なく日本人従業員の首を切っていたのですから、その立場にいたら誰でも憎悪を持つでしょう。
とはいえ、彼の報酬は世界的に見ると相応ともいえます。例えばゴーンの2017年の年俸は1700万ドルでしたが、ゼネラル・モーターズ(GM)のメアリー・バーラCEOは2200万ドルでした。グローバルな資本主義世界が生む格差の問題は、別課題として取り組んでいくべきことでしょう。
ゴーンが起訴された容疑で明らかになっているものに限っては、司法の対象というよりは日産社内での監視や調整によって避けられた問題ではないかと言う気がします。いかにゴーンが社内でカリスマ的な存在であったとしても、彼がしたことをチェックできなかったというのは取締役レベルでのガバナンスが機能していなかったのではないでしょうか。
ゴーン事件が国際的に印象付けたのは日本の司法制度の「特殊」性だけでなく、日本企業や経営の在り方のそれでもあるでしょう。今回の事件で、日本企業のトップとして外国人が成功するのは難しいどころか、致命傷になりかねないということが知れ渡り、グローバル市場での日本企業の特殊な企業文化は理解不可能だという認識が深まったでしょう。
(敬称略)
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