Last Updated on 2021-06-25 by ラヴリー
コロナワクチン①日本の接種遅れの理由は政府の作戦?では、新型コロナウィルスワクチン接種の日本の状況についてお話しましたが、この記事では私の住むイギリスのワクチン接種状況について紹介します。
Contents
イギリスのコロナワクチン開発秘話
A Beacon of Hope: The UK Vaccine Story.
📽️ Watch below or on Youtube: https://t.co/C0ETBduoTN https://t.co/ELY77ZESbb
— UK Prime Minister (@10DowningStreet) April 23, 2021
イギリス政府は先日、新型コロナウィルスワクチン開発秘話についての動画「希望の光:イギリスのワクチン・ストーリー」を作成しました。これまでは大雑把にしか発表されてこなかったコロナワクチン開発について、その背景や詳細を説明するものです。
この動画の内容とBBCローラ・クエンスバーグの記事を参考にして、その概要を紹介します。
イギリス政府は2020年1月の時点で早くも新型コロナウィルスワクチン開発についての検討を始めました。まだ国内に感染者がいなかった時に、成功の保証など何もない早い段階で、ワクチン開発や確保に必要な予算を提供する決断をしたのです。
その後ヨーロッパに流行が広がっていた3月には、ワクチン開発プロジェクトの推進を急ぐために、政府はワクチン・タスクフォースを設立しました。チームリーダーに選ばれたのはヴェンチャー・キャピタリストのケイト・ビンガムです。
ワクチン・タスクフォースの使命は「命を救うこと」。そのために3つの目標が掲げられました。
- イギリス国民のためにCovid-19ワクチンを確保する
- Covid-19 ワクチンを国際的に供給する
- 将来のパンデミックに備える
ワクチン開発チームには、ワクチンデザイン、開発、製造、治験から接種に至るまでの様々な段階で必要となる各部門の専門家をそろえ、皆が日夜休みなく働きました。
官僚、研究者、ワクチンデザイナー、製造業者、国際的な研究者やラボにコネクションがある専門家、科学者、感染専門家、医療関係者、治験担当、ロジスティクス専門家などの力を結集したのです。
英政府は2020年1月の時点ですでにコロナワクチン開発について検討を始め、成功の保証のないまま予算を惜しまないという大きなギャンブルをした。
戦後これだけ使ったことはないというほどの資金をワクチン開発につぎこみ、その額はすでに135億ポンド(約2兆480億円)に上る。https://t.co/KSjl2VNsqN— ラブリー@news from nowhere (@1ovelynews) April 6, 2021
ワクチン・タスクフォースはまず、世界中にあった100以上のコロナワクチン開発者・ラボに連絡を取ってワクチン開発の情報を集めました。その中から、見込みがありそうなワクチン開発プロジェクトを約20選び、詳細を調べた上で、契約するワクチンを選びました。
そして、それぞれのワクチンプロジェクトが開発、治験、薬事申請、製造などのプロセスを経るたびに、マイルストーンとして資金を投資し、それぞれのワクチン開発・製造を後押ししました。つまり、すでに出来上がったワクチンを注文したのではなく、ワクチン開発の段階から資金を投資して製造に至るまでのプロセスを支援し続けたのです。
こういう支援があってこそ、これらのワクチンは開発が可能になりましたが、途中で失敗に終わる可能性もあったわけです。イギリスがこれまでワクチン開発につぎ込んだ額は135億ポンド(約2兆480億円)に上るそうなので、ワクチン開発が成功と聞いた時、関係者は胸をなでおろしたことでしょう。
このような大きな「賭け」の結果、イギリス政府はアストラゼネカ製ワクチンだけではなく、Valneva、Pfizer/BioNTech、GSK/Sanofi、Janssen、Novavaxなど複数のワクチン契約を早い段階で結ぶことができました。
イギリス国内では、オックスフォード大学の小さなラボで開発されつつあったワクチンを大量生産するためにアストラゼネカ社の協力を確保し、成功の保証もないままに大金を投資しました。他国から輸入するワクチンだけに頼るのは安全保障上リスクがあると判断し、国内生産にもこだわったのです。
去年、オックスフォード大学とアストラゼネカがまだ開発中だったワクチンについて発表した時、ワクチンの開発費は政府や大学から出ているので、供給については利益度外視で実費で提供することを約束していたのを覚えています。
通常、医薬品会社は開発や研究費コストも計算に入れて医薬品販売から利幅を取っています。将来の研究費のためにも使えるのだから、多少は利益を加算してもいいのではないかと、その時私は思いました。
けれども、オックスフォード大学の教授はこう言いました。
「このワクチンは発展途上国をも含む世界中の人々にいきわたらせたいので、できるだけ低価格で提供します。世界中の誰をも残らず助けるので、安心してください。」
これを聞いて、私は自分たちのことしか考えていなかったと反省しました。イギリスに長く住んでいても、日本人である私には島国根性が抜けないようです。同じ島国ですが、自国のことだけでなく世界に思いをはせるところがいかにもイギリスらしいところです。
結局オックスフォード・アストラゼネカ製ワクチンは200~400円で供給できるということになりました。
これに比べ、ファイザー製のワクチンは1500~2千円、モデルナは約4千円とアストラゼネカ製ワクチンの数倍はするため、経済力のない国にとっては高値の花となっています。
ファイザーやモデルナワクチンに比べ、アストラゼネカ製ワクチンが重要なのは、コストが安いだけではありません。冷凍保存の必要がないため輸送や保存も簡単で、世界中の途上国がこのワクチンに頼っているのです。
どのワクチンも当初の予測よりも高い効果が期待でき、安全性にも問題はないということで、WHOもこれらのワクチン接種を少しでも早く普及させるべきと推奨しています。
ワクチン接種にはヴォランティアが活躍
全国民に一度に予防接種を行うという前代未聞の大プロジェクトなので、イギリスでは接種方法についてもかなり前からタスクフォースによって事前に作戦が練られていました。例えば、ワクチン接種会場や要員確保は2020年夏から準備を始めています。
イギリス全国にワクチン接種会場を設営するために、病院だけでなく薬局、学校、教会、コミュニティセンター、ショッピングモール、スタジアムなどを確保し、そこまでのワクチン輸送や保存、スタッフの確保とスケジュール調整、接種手順の決定とマニュアル作成などの準備を進めました。
イギリスはヴォランティア精神の盛んな国で、コロナによる最初のロックダウンでNHS国民医療サービスを手助けするヴォランティアを募集したところ、1日で50万人が殺到したほどです。ワクチン接種要員も、案内係、受け付け、会場整理、事務、NHS医療スタッフの補助など、たくさんのヴォランティアが活躍しています。
ワクチン注射を打つヴォランティアも研修を経ることで医療経験がない人でもできるように法律まで改正されました。
ワクチン接種が始まった2020年12月は、おりしもコロナ患者が急増している大変な時期でした。通常の医療で多忙なNHSスタッフをワクチン接種業務にかかわらせることを最小限にとどめることで、NHSはずいぶん助かったはずです。
これにはイギリスでは日ごろからヴォランティアをする人の層が厚く、様々なチャリティー団体もかなりあるという土台があります。誰でもが困っている他人を助けるという、チャリティーやヴォランティアの文化というものは、一夜にして出来上がるものではありません。
今回、ワクチン接種ヴォランティアを指導したのも、セントジョン・アンビュランスという、前々からあるチャリティー団体です。
そういえば、ロンドン五輪の時もイギリスではヴォランティア希望が殺到し、東京五輪とは対照的でした。
ワクチン接種申し込み
イギリスでは、ワクチン接種だけに限りませんが、医療サービスはすべて公営でNHS国民医療サービスが国民全員を対象に原則無料で提供しています。
コロナワクチン接種申請申し込みも接種業務自体もすべてNHSの傘下の下、全国で統一されています。地方自治体や個々の病院にワクチン業務はまかせていません。
NHSに登録されている個人の年齢や基礎疾患のデータに基づいて優先グループ順に「あなたはワクチンの接種対象になったので電話かオンラインで申し込んでください」という連絡がきます。
そうしたら、NHSのオンラインサイト(または電話)でワクチン接種を申し込みます。
自分の情報と住んでいる場所の郵便番号を入力すると、接種会場と日時のオプションがずらっと示されるので、それから希望するものを選んで予約するだけです。
接種会場はあちこちにあって、私は1度目の接種会場は隣町のショッピングセンター内に臨時開設された会場、2度目はわが町の薬局を選びました。オンラインサイトは毎日たくさんの人がアクセスしているはずですが、すいすいとことが運んで、ものの10分もかかりませんでした。
1度目のワクチン接種はすでに済ませましたが、これもスムーズで、会場について接種を終えるまで30分もかかりませんでした。会場にはたくさんのヴォランティアの人々が受付やガイドをしてくれていて、接種をする人よりもスタッフのほうが多いのではないかという感じでした。
ちなみに、イギリスではすべての住民はNHSのGP(かかりつけ医)に登録していて、NHSのデータベースに個々の個人情報や健康に関する情報(持病や過去の病歴など)が記録されています。ワクチン接種の際もこのデータをもとに接種優先順位やワクチンの種類などが割り当てられたということです。
車社会の米国ではドライヴスルーでワクチン接種したりなど、各地で様々なやり方が試みられているようです。
イタリアはコロナワクチン接種を自治体に任せ、混乱が起きた地域が多かったのにローマ市は成功事例から学ぶことで「奇跡的に」成功したとのこと。米国の「ドライブスルー」英国の「薬局での接種」イスラエルの「余剰ワクチンウエイティングベンチ」などの方法をまねたのがその理由だそうです。
後発組は成功事例から学ぶメリットを活用すべきですね。
ワクチン効果も見えてきた
コロナワクチンを先行して接種している国ではすでにコロナ感染者数や重症者数、死者数が減るという効果が見え始めています。
とはいえ、ロックダウンなどと並行してワクチン接種を行っているところが多いため、その効果がすべてワクチンのおかげというわけではありません。
国民全体のデータでみると、ワクチンだけの効果はわかりづらいのですが、ワクチン接種優先グループ(高年齢者層など)をそうでないグループと比較することでワクチン接種による効果がわかります。
英国、米国、チリのコロナ入院/ICU患者数グラフ。
グリーン部分がコロナワクチン効果を表す。
ワクチン接種優先グループをまだワクチンを接種していないグループと比べると明らかに違いがわかる。
ワクチン接種率が高いわりに効果が少ないと言われていたチリでも同様。 https://t.co/DGtVSnT4wG— ラブリー@news from nowhere (@1ovelynews) April 24, 2021
イギリスでも1月には6万8000人もあった1日当たりの感染者が今は2000人を切っていて、人口当たりで比較すると日本よりも少ない傾向が続いています。重症者や死者も同様で、この理由にはロックダウンや無症状者への検査拡充の影響もありますが、ワクチン効果も寄与しています。
イギリスでは4月初めの時点で、コロナワクチン接種によって救えた命は1万人以上に上ると推定されています。
イギリスではコロナワクチンの効果が感染者数、入院患者数、死者数すべてにはっきりと表れてきている。
ワクチン接種が進んでいる高齢者層とそうでない年齢層を比較するとそれがよくわかる。
ワクチンのおかげで1万人以上の死亡を防ぐことができたと推定されている。 https://t.co/oRpThK5sB5— ラブリー@news from nowhere (@1ovelynews) April 9, 2021
ファイザーやアストラゼネカワクチンは接種が2回必要とされてはいるものの、1回の接種だけでも家庭内感染が38~49%減るという調査結果も発表されています。
油断は禁物?
ロックダウン、検査の拡充、ワクチンで感染者や重症者、死者数が減ってきたイギリスでは、段階的に行動制限の緩和が進んでいます。生活必需品以外の店舗も開店し、パヴやレストランも屋外での飲食が許可されました。
とはいえ、政府も専門家もこのままウィルスが消えてなくなると楽観視しているわけではありません。ロックダウン緩和で感染が再拡大するかもしれないし、ワクチン効果が低減する変異ウィルスが流行しないとも限りません。
ワクチンを接種しても、安心しないでソーシャル・ディスタンスやマスク着用などは当分必要であるということです。
今年中にまた感染流行が再発する可能性もあるということで、秋に3度目のワクチン接種を行うことが検討されています。
これからコロナとは長い付き合いになりそうな予感がして「やれやれ」という感じです。
イギリスと日本
イギリスはコロナウィルスによる被害が事のほか大きかった国です。2020年春の第一波もですが、2020~2021年の冬はケント変異株(B.1.1.7)が瞬く間に広がって死亡者も多く出ました。
それに比べ、日本は他のアジア諸国と同様に、コロナによる被害が比較的軽く済んだこともあって、欧米ほどの厳しいロックダウンをすることもなく、ワクチン接種についても戦略的に準備をしてこなかった印象を受けます。
コロナ感染が始まって1年も経つのに、その間に課題となっていた検査やゲノム解析の拡充、公衆衛生データのデジタル化、医療体制の整備なども行われないうちに来てしまったようです。
ここにきて大阪を中心として感染拡大が広がっていますが、コロナ患者の受け入れ態勢が難しく自宅やホテル療養を強いられる人、救急車で運ばれても受け入れ先がない患者が出ているとも聞きます。
日本は人口当たりの病床においては世界一のはずですが、どうしてこういう事態になってしまうのかを考えるべきではないでしょうか。
全国すべての病院がNHS国民医療の傘下にあるイギリスと、多数の中小規模の開業医が総合病院と並立する日本の医療システムは異なっており、日本システムの長所もあるのだとは思います。けれども、このような緊急事態になったときに医療崩壊のような事態に陥るという可能性は予想できていたはずであり、この1年余りの間、何もしてこなかったことについて反省し、改善の方法を検討するべきでは?
コロナが最初に流行した中国の武漢で、臨時病院が数日のうちに作られたのを覚えている人も多いでしょう。イギリスでも、去年の春、ICU病床が不足するかもしれないということで、急遽コンヴェンションセンターを改造したナイチンゲール病院を各地に設営しました。結果的にそれらの施設はあまり使われないままに終わりましたが、できる限りのことはやるという姿勢は評価されています。
コロナに限らず、日本はイギリスなどに比べても自然災害が多い国で、予測できない大災害が起きる可能性は高いし、過去にも何度も経験しています。コロナ禍で大地震が起こるリスクもあるのですが、そういう事態を予測して、ある程度の対応の準備をしておく必要があります。
ワクチン開発や接種準備にしても、場当たり的に輸入したり、自治体に丸投げするのではなく、政府が戦略的な作戦を練り上げて実行に移せば、接種受付サイトがパンクしたり接種が1日1000件しかできないなどといった状況に陥ることはないでしょう。
今、インドでコロナ感染が大流行し、死者も急増しています。インドもコロナ被害が比較的少なかったため、楽観的になったところを変異株によってやられた感があります。平時に気を緩めてこのまま平和が続くと楽観視するのではなく、来るかもしれない次の災害を想定してできるだけの準備を怠らないことが求められています。