ウインドラッシュ世代問題で英内相辞任へ:イギリスの移民政策

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最近イギリスでは「ウィンドラッシュ」世代の移民についての問題がエスカレートしてきてスキャンダル状態になり、内相辞任にまで発展しました。ウィンドラッシュ世代とはどういう人たちなのでしょうか。合わせて、イギリスの移民に対する規制やその推移についてもお話します。


ウィンドラッシュ世代

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第2次世界大戦後のイギリスでは労働者が不足していました。そのため、1948年から1950年代にかけて旧植民地であるジャマイカなどカリブ海出身の国々から移民を積極的に受け入れました。その時移民たちが乗ってやってきた船の名前がウィンドラッシュ号だったため、この人たちはウィンドラッシュ世代と呼ばれるようになりました。単身で来た人もいますが、子供を連れて家族でやって来た人もいて、その子供たちは親のパスポートだけで入国できたのです。

そんな子供たちは一生イギリスで育ち、教育を受け、働き、家族を持って、イギリス人としてすっかり根付いています。そんな彼らが最近になってイギリスに在住する権利を「証明」しなければならなくなったのです。

2014年移民法

事の発端は、政権が保守党に変わってからだんだん厳しくなった移民への規制です。この背景には、ここ最近イギリス社会で増えてきた移民に対する問題意識があり、それはEUの東欧諸国からの移民急増、UKIPやEU離脱キャンペーン、大衆メディアの移民排斥を助長する風潮が関係しているといえます。政府としては一般国民の移民に反対する声を無視できなくなったのです。

テリーザ・メイは2016年に首相になる前2010~2016年まで内務省大臣を務めていました。その時代に移民に対する取り締まりを厳しくする法律2014年移民法が導入されました。そして、不法移民の取り締まり強化のため「ターゲット」が設けられました。不法にイギリスに滞在する移民を国外退去する目標人数をターゲットとして掲げたのです。内務省や入国管理局ではこのターゲットを達成するため、満足な書類を提出できない移民を「捕まえる」空気ができあがったといいます。

政府はこのターゲットを達成するため、様々な方策をとり始めます。

  • 民間の大家が賃借人の在留資格を確認することを義務付ける。
  • NHS(国民医療機関)が患者の在留資格を確認し、無料でNHSサービスを受ける権利がない患者に医療費を請求することを義務付ける。
  • 内務省は「偽装結婚」をしていないか審査したり、そのような結婚を妨げるのに必要な措置をとることができるようにする。
  • 運転免許証を発行する機関が移民に免許を発行するのを制限することができるようにする。
  • 銀行機関に顧客の在留資格を確認することを義務付ける。
  • 雇用主は従業員の在留資格を確認することを義務付けられ、怠った場合多額の罰金、または懲役判決を受ける。

この規制は2016年にさらに強化されました。そのせいで、合法的にイギリスに住む人でも必要とされる証拠が不十分だとして病院で治療を受けたり家を借りたりするのが困難になってしまうケースも出てきました。

移民に対する「敵対環境」

このような厳しい規制を導入することによってイギリスに滞在する移民の生活を困難にし、自分からイギリスを出ていくような「敵対環境」を作ることが目的でした。移民に厳しい環境を作り、複雑な制度を押し付け、入手するのが困難な書類や証拠を要求したり、ヴィザや居住許可を申請するために高い手数料を請求したのです。

厳しい規制に引っかかった移民たちは社会福祉の権利を取り上げられたり、仕事を失ったりしました。旅行や里帰りなどで外国に行って戻ってこようとしたとき空港の税関で入国を拒否されたり、最悪の場合強制送還されました。

こういう規制や敵対環境に遭遇するのはウィンドラッシュ移民に限ったことでなく、イギリス政府が(特に保守党になってから)すべての移民や外国人に行っていることであり、私たちのように永住権を持っている外国籍の人にもあてはまります。私も個人的にいろいろ不都合な経験をしているし、そういう話を他の人からもよく聞きます。けれども、「普通の」イギリス人の間の反移民傾向が高まっている状況の中、そういう人たちは何かと肩身が狭い思いをしているので、こういう不平はこれまであまり表ざたにならなかっただけです。

しかし、ウィンドラッシュ移民の場合、戦後の人手不足の時に「招待されて」来てイギリスに根付いている人たちです。イギリスは彼らの「母国」と言っていいにもかかわらず、新しい法律が導入されたからと言って急に手のひらを返したようにイギリス在住権があることを証明しろと言われ、様々な問題が起きるようになったのです。

2017年6月の時点で1971年以前にイギリスに移住したイギリス連邦諸国出身者524,000人のうち57,000人はイギリス国籍を持っていません。この人たちのうち15,000人はジャマイカ、13,000人はインド、29,000人はほかの国の出身ということです。

政府は違法移民とウィンドラッシュ移民のような合法移民とは分けて扱っていたといいますが、不法移民を取り締まるための「敵対環境」は、合法にもかかわらず、必要とされる書類を提出することができない移民に厳しいものとなったのです。1973年以前にイギリスに移住してきた人たちには永住権があるのですが、これを証明する書類を本人が提出しなければならなくなりました。これは内務省の記録保存システムの不備のせいでもあります。本来なら内務省が保存していたはずのウィンドラッシュ移民の入国カードが破棄されていたのです。そのため移民たちは自分でイギリスにずっと住んでいるという証拠を提出しなければならなくなったのですが、そもそもそういう書類が何もない人もいるのです。

イギリス連邦首脳会議

ウィンドラッシュ移民については以前から問題を指摘する声が上がっていましたが、あまり取り上げられることはありませんでした。しかし、2018年4月19日にイギリス連邦首脳会議がロンドンで開かれ、旧植民地諸国の首脳が集まる前後のタイミングでこの話題が大きく報道されるようになってきました。EU離脱のあと貿易相手として結びつきを深めようと努力している旧植民地諸国、特にジャマイカなどウィンドラッシュ移民出身国からの代表も参加する会議なので、ウィンドラッシュ移民問題を無視できなくなったのです。

このイギリス連邦首脳会議でカリブ海諸国からの首脳にメイ首相はウィンドラッシュ移民が遭遇している問題について謝罪し、弁解しなければなりませんでした。逆に言えば、このタイミングでこの会議が開かれなかったらウィンドラッシュ移民の件は大きく取り上げられないままだったかもしれません。

ウィンドラッシュ移民スキャンダル

ウィンドラッシュ移民については、メディアの取材によってこのころ次々に新しい証拠が明るみに出てきました。移民を国外退去するターゲットがあるということ、そのことについてアンバー内相やメイ首相が知っていたこと、ウィンドラッシュ移民問題についてアンバー内相は知っていたにも関わらず、適切な対応をしなかったことなど。

その結果、この問題は国会でも議論され、移民2世のラミー議員が強い口調で政府を批判しました。ラミー議員は140の議員の同意を取り付け政府に抗議の手紙を送っています。

この後4月30日にはアンバー・ラッド内相は「不注意のため」国会で正しくない証言をした責任をとるということで辞任しました。ラッド内相は、国会で「違法移民国外退去のターゲットがあることを知らなかった。」と言っていたのですが、実は知っていたということが後になってわかったからです。

 

移民政策とターゲット

新しく明るみに出た情報によると、2010年メイが内相だった時、政府が移民を「数万人」減らすターゲットを作りました。メイは内相としてそのターゲットを達成するため「敵対環境」政策を導入しました。2016年にメイが首相になりラッドが内相になった時もこの政策を維持しました。

2017年にはラッド内相は、メイが内相をしていた時より10%多く移民を国外追退去すると、メイ首相に内密に言いました。それに必要な費用は犯罪防止のために使っていた費用から調達しました。(そのせいもあってか、イギリスでは2017年度にナイフ犯罪が22%、銃犯罪が11%増えました。)

移民政策とターゲットの効果

このような厳しい移民規制を導入した結果、政府は当初の目的通り移民の数を減らしたり、不法移民を見つけて国外退去することができているのでしょうか。統計でいうと、イギリスに不法滞在しているかもしれないという理由で拘留されている人や不法のため国外退去された人の人数自体は減っています。2017年度に国外退去となったのは12,321人だったそうです。しかし、移民が増えているか減っているかということは正確にはわかりません。

入国管理局では「Exit Checks」と呼ばれる、出入国者を数えるチェックを行っています(1998年に一時中止され2015年に再導入)。けれどもこの方法では出入国者数を100%チェックすることは不可能で、フェリーや長距離バスで移動する人やアイルランド経由で出入国する人まではチェックされないので数字が合わないのだそうです。

イギリス国内に不法滞在者が何人いるのかは不明です。そういう人は国外追放されるから自らは名乗り出ないでしょうから。不法滞在者は推定によると300,000~1,000,000人以上ということでかなり数字に開きがあります。それに、移民規制の厳しさのため自ら国を離れる人の数もわかりません。

厳しい移民規制の結果移民の数が減るというよりは、そういう人たちは「グレイな」職についたり、記録に残らない形で居住するようになり、公的な統計から抜け落ちるだけになるという見方もあります。

NHS国民医療制度の人手不足

イギリス政府の極端な移民制限規制は移民にだけでなく、様々な業界で労働力不足などの問題をまねいています。特に専門技術が必要とされる職業にそれが顕著です。

その中でも、イギリスのNHS(National Health Service 国民医療制度)の場合は深刻です。イギリスでは病院に行くと医者も看護師も外国人が多く、スタッフの多くは移民に頼っているのです。

イギリスの病院は医者が不足しているのですが、イギリス人だけに頼っていてはカバーしきれない分野があります。それにもかかわらず、2017年12月から2018年4月までにイギリスで医者として働くために申請されたヴィザのうち400件が受理されませんでした。NHSで職を得たインド人の医師約100人がヴィザを取得することができず、35のNHS機関で医師不足のため患者を危険にさらしていると報道されています。NHS機関はアンバー・ラッド内相とジェレミー・ハント保健相にこれらの医師のためにヴィザを許可するよう求める手紙を送っています。そうしないと、今いるスタッフに過度の労働を強いるか、場合によっては患者の健康状態に悪い影響を及ぼすということです。

また、外国から雇用されるベテラン医者が移民法で定められている給料より安い給料で働くと、ヴィザの許可が下りないこともあります。それに、これは医師に限らないことですが、ヴィザ申請フォームに間違って記入すると国外追放になる場合もあります。

まとめ

イギリスのEU離脱国民投票の前に反移民キャンペーンが繰り広げられたこともあり、増え続ける移民に対して危機感を抱く人たちが増えていました。そんな国民の世論を察して保守党政権は移民規制を厳しくしてきました。

私がイギリス永住権を取得した頃、イギリスはイギリス国籍を取得する移民に限らず、外国籍のまま永住権を申請した人たちにまで、寛大でフェアな扱いをすると思っていました。そうでなかったら私は日本国籍を捨ててイギリス国籍を取らなければならなかったでしょう。そんなイギリスに感謝していました。

けれどもそのころに比べ、イギリスの移民規制はだんだんと厳しくなってきています。合法的にイギリスに住む外国人は様々な状況において不便、または困難な障害を経験してきました。今回のウィンドラッシュ移民はその典型的な例でしょう。

唯一の救いは、このスキャンダルによってこの問題が大きく取り上げられるようになり、一般のイギリス人も移民たちが経験している様々な障害について知るようになったことです。これを機会に、政府の過度な移民規制や「敵対環境」が見直され、状況が改善されることを願ってやみません。

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