NZモスク銃乱射事件の犯行声明の裏にある陰謀論’The Great Replacement’

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ニュージーランドのクライストチャーチで3月15日金曜日午後、2か所のモスクで起きた銃乱射事件で祈祷中のイスラム教徒が合計50人死亡、さらに48人が負傷しました。犯人は28歳のオーストラリア人男性で自らの犯行を撮影してライブでFacebookに配信していたほか、’The Great Replacement’と名付けた犯行声明をFacebookに投稿していました。


NZモスク乱射事件

今回の乱射事件は金曜日モスクで祈祷中の時間に起こりました。イスラム教徒にとって金曜日の祈りというのはキリスト教にとっては日曜日のマスのようなもので多くのムスリムはモスクに祈りを捧げに行きます。その金曜日にモスクで乱射事件を起こしたということはイスラム教徒を狙っての計画的な犯行というしかないでしょう。

最初の銃乱射は午後1時45分ごろクライストチャーチ市中心部のモスクで礼拝中に起こり、このモスクでは41人が死亡しました。その後、東に5キロの住宅街にあるモスクでも銃乱射で8人が死亡しました。

犯人はブレンドン・タラントと名乗るオーストラリア人

銃乱射事件の犯人はブレンドン・タラント(Brendon Tarrant)と名乗る28歳のオーストラリア人男性。タラントはオーストラリア国籍ですが、多くの国を渡り歩いており、ニュージーランドでは長期居住者ではなかったそうです。彼はニュージーランドでもオーストラリアでも監視対象にはなっていませんでした。

タラントはニュージーランドで2017年11月に所得した鉄砲所持免許と共に銃を5丁所持していました。彼の銃にはイスラム教徒や移民殺害で有罪になったものの名前、欧州諸国とオスマントルコ帝国の闘いにかかわる言葉などが書かれていたということです。タラントの車には大量の武器があり、さらに攻撃を続けるつもりだったとも推測されます。タラントは2018年前半ごろライフルクラブに入会し銃撃の練習をしていたと報道されています。

NZの銃規制

ニュージーランドというと比較的安全なイメージがあるし、銃による殺人事件も通常はきわめて少ないのです。けれども、隣国のオーストラリアなどに比べ銃規制に関してはあまり厳しくありません。ニュージーランドの法律では16歳から銃を所持でき、軍隊式の半自動小銃も18歳から合法的に所持できます。

いったん免許を取得すると購入する銃の数にも制限はありません。銃の保持には免許が必要ですが、銃を個別に登録する必要はありません。アーダーン首相は16日の記者会見で銃規制法を変えると規制強化の方針を示しました。

犯行をフェイスブックでライブ配信

タラントはモスク襲撃の際、頭部に取り付けたカメラで動画を撮影し、フェイスブックで17分間にわたり反抗の様子をライブ配信しました。フェイスブックはニュージーランド警察の警告を受け、銃撃犯のフェイスブックアカウントと動画を削除しました。その後も犯行や銃撃犯を称賛・支持したりする内容に気づき次第削除したといいます。ツイッターも同じ人物の物とみられるアカウントを凍結しました。

YouTubeも事件に関する暴力的な動画をすべて削除するために精力的に対応していると述べました。けれども、この動画は複製されて様々なプラットフォームで広く拡散され、拡散・共有をやめるよう呼びかける投稿が相次ぎました。

犯行声明をフェイスブックに投稿

ブレンドン・タラントは73ページにわたる犯行声明をフェイスブックに掲載していました。その中で彼は自らを「普通の白人」と言っています。そして犯行の目的はヨーロッパの土地を侵略しにやってくる移民を取り除き、それによって新たな移民を阻止して白人社会を非白人から守ることだと言います。彼はオーストラリア人の起源はヨーロッパにあると主張し、ヨーロッパに来る移民をも問題視しているのです。

タラントはこの攻撃を2年前から計画していたと言っていますが、その背景には2017年に訪れたフランスでの経験が関係しているようです。その頃フランスでは大統領選挙キャンペーンで極右派のル・ペンらがフランスのキリスト教的アイデンティティーが侵されようとしているという弁舌を繰り広げていたのです。タラントはフランスのあちこちに「侵略者たち」があふれているのを目撃した」と言っています。

ニュージーランドを選んだのは世界で最も遠いとされるところでさえ、移民流入から逃れられないことを示すためと言っています。

‘The Great Replacement’という陰謀論はフランスから

タラントは白人の少子化、非白人移民の人口増により白人が非白人にとって代わられると危惧しています。彼はフェイスブックに掲載した犯行声明を’The Great Replacement’(大きな交代)と名付けました。これは2011年にフランスの右派学者であるルノー・カミュ(Renaud Camus)が使った言葉’Le grand remplacement’から来ています。この言葉はフランスの白人が北アフリカからやってくるモスリム系移民にとってかわられる(replace)危険性を指摘したもので、ヨーロッパではこうした表現が移民排斥主義者の合言葉のようになっています。

ヨーロッパでは近年難民や移民を広く受け入れる政策が導入されましたが、これに反対する人たちの中にはこのような動きは「白人虐殺」だという者もいて、ユダヤ人、ブラック、イスラム教徒が白人にとって代わり彼らの上に立つようになるという陰謀論的な過激主義思想が広まっています。

他の事件との関連性

タラントは犯行声明でブレイヴィクに影響を受けたとしています。極右思想を持つキリスト教原理主義者ブレイヴィク(Anders Breivik)は2011年にノルウェー連続テロ事件で77人を殺害した犯人です。ブレイヴィクはモスリム移民を歓迎し多様性を謳った「ヨーロッパに罰を与えたかった」と言っていました。

その後も白人による移民や異教徒を攻撃する事件は世界中で起きています。

  • 2015年米国のCharleston教会でアフリカ系米国人9人が礼拝中に銃殺された事件の犯人は21歳の白人至上主義者でヒトラーを崇拝する思想の持ち主でした。
  • 2017年1月カナダ、ケベックのモスクで6人が殺害。犯人のフランス系カナダ人の大学生アレクサンドル・ビソネット(Alexandre Bissonnette)も白人至上主義者で移民やイスラム教徒を憎悪していました。
  • 2017年6月ロンドン北部Finsbury Parkのモスク前で、反ムスリム過激主義者ダレン・オズボーンバンが運転する車を歩行者群に突入した事件で死亡者1人負傷者11人が出ました。
  • 2017年8月米ヴァ―ジニア州Charlottesvilleで白人至上主義者と反対派の間で衝突が起き、死傷者が出ました。この集会に参加した右翼、ネオナチ、KKK(クー・クラックス・クラン)らは’Jews will not replace us’のスローガンを唱えていました。彼らは白人社会を非白人やイスラム教徒にとって代わらせることはユダヤの陰謀だと信じているのです。
  • 2018年10月ロバート・バウアーズ(Robert Bowers)が米国 ピッツバーグにあるシナゴーグで礼拝中のユダヤ人11人を銃乱射により殺害する事件がおこりました。彼は右翼SNSのGabに「憎むべきユダヤ人が我々を殺すためにモスリム侵略者を送ってくる」と書き込んでいました。

排外主義の背景

このような相次ぐ事件の背景には欧米諸国に広がる白人至上主義、イスラマフォービア、反移民・難民の排外主義、人種差別、宗教差別の波があります。このような風潮はこういう事件に発展しないまでも一般市民の間にいつの間にか広まっていっています。特にフランス、イタリア、スペインでは移民を「社会への脅威」と煽る言説が広まっています。比較的移民に寛容的だったイギリス、ドイツ、北欧諸国でも移民難民を大量に受け入れるようになったり、イスラム過激派のテロ事件が起こるようになったことを懸念する国民の間に排外主義の傾向が出てきています。

ニュージーランドは人口425万人と小さな国ですが1990年代以降、紛争地から難民を受け入れるようになりイスラム教徒の数が増え現在はイスラム教徒が1.1%占めます。ニュージーランドは先住民のマオリ族と共生する努力を続け、移民を歓迎し少数派に寛容な社会として知られていました。そんな国でも移民に反対する極右グループはいます。

オーストラリアでも’Reclaim Australia’という運動がおこり、オーストラリアでのシャリア法や学校でイスラム教を教えることについて抗議しています。

米国では2001年の9・11テロ事件以来、イスラマフォービアや排外主義の風潮がもっと顕著で、これは現大統領のスタンスとも共通するところがあります。

移民やモスリムが脅威であるという考えはトランプ大統領が中米移民の「大移動」から米国を守るために壁を作るという考えにも影響しています。不法移民が大量に入国することはアメリカに犯罪や麻薬をもたらす国家にとっての非常事態だという理由です。またトランプは「イスラムは我々を憎んでいる」と言いモスリム諸国からの入国を禁止する大統領令に署名もしています。

トランプの元アドバイザーのSteve Bannonは’Camp of Saints’という本を推薦していましたが、これは移民がフランスを侵略するという差別的な小説でした。イギリスを訪れた時トランプは「イギリスは伝統文化を失いつつあり、移民がヨーロッパの顔を変えてしまった。早急に手を打たないと手遅れになる。」と言っています。

ブレンドン・タラントは移民政策を推進したドイツのメルケル首相を批判する反面、トランプ大統領については白人アイデンティティーを共通目的の象徴としている点で支持すると述べていました。彼は犯行声明でモスリムや移民が「白人の」土地を「侵略」したことに対し報復をしたいと言っていますが「侵略」(invasion)という言葉は2018年の中間選挙でも使われた言葉です。

トランプ大統領はニュージーランド銃撃事件に関連して「白人国粋主義の脅威は拡大しつつあると思うか」との問いに「そうは思わない。少人数の集団だと思う。」と答えています。

イスラム過激主義と白人過激主義

2001年に起こった米国の9・11事件後、イスラム過激派テロ事件はグローバルテロリスト問題となり各国が厳しくテロ対策を繰り広げています。それに比べて白人過激主義者が起こした事件は個別の突発的な精神的に問題のある個人が起こした事件として扱われがちです。このため危険な思想を持つものを捜査や摘発の対象にすることが少なく、反抗に至るまでの情報収集も後手に回っています。

けれどもこれらの犯人、また事件を起こすには至っていないが同じような過激思考を持つ潜在的犯罪者にはその背景に共通する傾向があります。白人至上主義、人種差別、宗教差別、排外主義、憎悪感情、武器を持ち暴力を行う願望、ヒーローになりたい願望など。これらは決して一人一人の個人が独自に考え付いたことではなく世界中に蔓延している白人過激主義と言っていいもので、イスラム過激主義と同じように危険です。

そしてこれらの過激主義的な思想を裏付け助長するのは、フリースピーチを守り、ポリティカル・コレクトネスにあらがうと言いつつ排外的なイデオロギーや憎悪感情をまきちらす「愛国」政治家、思想家、メディア、そして「普通の」国民です。イスラム過激派テロが起きるとイスラム教信者全体に責任を問う「白人」たちは、白人過激主義者のテロが起きたからと言って白人全体の責任を問いはしません。

右翼ポピュリズム政治家は票を得るために「犯罪やテロ事件が増えるのは移民のせいだ」「移民のせいで我が国の伝統がなくなってしまう」「これ以上外国人が増えると自分の国でなくなってしまう」「イスラムはファシズムだ」という多くの人が心の片隅に持っている感情に付け入ってあおっています。

過激思想のインターネット拡散

こういう思想をさらに世界的に広めているのがSNSを中心とするインターネット・プラットフォームです。これまでは狭い地域に限定されていた思想、世界中にばらばらに散らばる個人が特定の場所で表現していた意見が、インターネットの台頭で即時に世界中に拡散できるようになったのです。ブレンドン・タラントがフェイスブックに犯行表明を掲載し、自らの犯行現場の動画をフェイスブックでライブ配信していたのが象徴的です。そしてそうしたネット上での拡散を阻むことは不可能に近いのです。

これまでもソーシャルメディアはイスラム過激主義による洗脳ビデオなどの脅威には対応しているものの、同じように洗脳内容を含む極右のものは野放しにしていると批判されています。極右メッセージを排除しろという圧力がイスラム過激主義のものに比べて少ないのでしょう。ソーシャルメディアは表現の自由を守るという意識が強いあまり、明らかに憎悪をあおる暴力的イデオロギーを広める集団に対応してこなかったとも言えます。

私たちができること

今回のような事件が起こった時、私たちはなんてひどい事件だと思い、殺害された人々を悼みその家族友人に同情します。けれどもそれで終わってしまい、また日常生活に戻りその事件のことはいずれ忘れてしまうでしょう。

けれども覚えておきたいことがあります。遠く離れた異国で実際に事件を引き起こしたのは1人の「頭がいかれた」極悪人かもしれません。けれどもこのような事件の背景にはメディアが、政治家が、思想家が、SNSが砂糖がけにした言葉であやつる「愛国」メッセージがあるのです。

トランプ大統領がイスラム教徒や中南米系アメリカを標的にして行うツイッター投稿やスピーチ、イギリスのEU離脱強硬派や右派タブロイド紙が移民の波が押し寄せてくると煽るメッセージ、フランスのル・ペンやイタリアのサルヴィーニなどの右派政治家の移民排斥方針など、そのような例は快挙にいとまがありません。

似たようなメッセージは日本にも蔓延していて、特に最近は「愛国」を謳う政治家や思想家、「ただ日本を愛する普通の」一般国民が近隣諸国への憎悪感情を表しています。それに反抗して近隣諸国からは逆に反日感情を表す声も聞こえてきます。日本にはかねてからあった在日外国人への差別に加わり、新たに入国してきた移民や技能実習生などへの差別的発言、難民受け入れを拒む政策、入国管理局での外国人の扱い、さらに慰安婦やアイヌ問題などを含め国連人種差別撤廃委員会に指摘されている人権問題もあります。憎悪の種類は違えども、女性、LGBT、シングルペアレント、ホームレスなど「社会の弱者」とされる人々に対する差別も全く関係のない問題ではありません。

人々を特定のグループに分けて、自分たちのグループとは異なるとして憎悪したり差別したりする思想そのものが過激派犯罪につながる温床となるのです。自分はそのような思想に共鳴しないからといってただ傍観しているだけでなく、そういった風潮を問題視することも大切だと思います。

今回のモスク襲撃事件についてNZアーダーン首相は「これは私たちの国ではない」と語りました。日本と同じ島国ニュージーランドでは小国ながらも難民を受け入れ、先住民族とも共生する努力を続けてきました。「ニュージーランドは安全を求めてやってきた人々を歓迎し、その人たちの安全を脅かすものを断固として非難し、拒絶します。」というアーダーン首相。このような女性がリーダーになる国では、国民の間にも被害を受けたモスリム教徒のための連帯意識とヘイトを許さない覚悟が次々と表明されています。

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